山辺節子の生い立ち!子供の頃から魔性の女だった!?

      2018/06/19

 
大手企業のつなぎ融資名目で架空の投資話を持ち掛け、金銭をだまし取った詐欺の疑いで逮捕・起訴された「つなぎ融資の女王」山辺節子被告(63歳)に先日、懲役7年の判決が下されました。

山辺節子といえば、逮捕当時62歳でありながら38歳と自称し、複数の若い男性と交際、”聖子ちゃんカット”に肩や太ももを露わにした若作りファッションでメディアを騒然とさせました。
 

 

気になるのは、女子力の高いおばさんが、なぜ様々な男たちから巨額の金を騙し取ることができたのか…ということ。

 

山辺節子の手記『砂風(さふう)』(週刊新潮)には、逮捕後に留置場や拘置所で自らの生い立ちから事件の背景までを綴った詳細が掲載されていますが、この砂風というタイトルは自分の人生は何も残らない砂だったということからつけたそうです。

 

ここからは、気になる山辺節子の生い立ちについて調べてみました。


スポンサーリンク


 
 

◆女性から嫌われる女


 

1955年の3月3日 熊本県益城町で生まれた山辺節子。

父親はバス会社に勤務、母親は専業主婦で、節子は一人っ子でした。

 

幼い頃から、男性に好かれる術が身についていたという節子。
学校では男性先生から好かれ、女性からは嫌われる子だったそうです。

家でも、父親からは溺愛されていた節子ですが、成長するにつれ母親からは嫌われていることを自覚していたといいます。

 

節子曰く、

「小さいときから男の人に助けられて生きてきました。
私はご覧の通り正統派の美人ではありませんが、
とてもモテたんです。
学校で校則違反をしても、男性の先生は許してくれる。
そういう“ワザ”をいつの間にか身につけていたのだと思います。
一方で、女性からは嫌われていました。ええ、母からもです」

 

 

節子は、自分を可愛く見せる術を知っていて男性からしてみれば愛嬌良く守ってあげたくなるような感じだったのでしょう。

一方、女性からしてみれば、ただのわかりやすい”ぶりっ子”
「なぜ、男はあんな女に騙されるのか」と言いたくなるような女性だったようです。

 

この事件が話題になった頃、あるテレビ番組で山辺節子の伝説というのを見たことがありますが、節子が中学生の時に学校専属の30代カメラマンと付き合っていたとか、離婚後は複数のパトロンがいて、そのうちの1人は妻子を捨てて節子と同居したため、その家庭は崩壊した…など、節子の”魔性の女”っぷり紹介されていました。

 

確かに自分を可愛く見せている女性って年齢を感じさせないことが多いですが、山辺節子の場合は強烈でやり過ぎといった印象でしたね。



スポンサーリンク


 
 

◆離婚後に生活が一変!


 

節子のことを可愛がっていた父親ですが、脳出血のため49歳の若さで亡くなっています。

その後、19歳で結婚した節子は、1男1女に恵まれたものの30歳を前に離婚。

それ以降、彼女の生活は一変するのです。

女手ひとつで子供を育てるため、熊本市内の繁華街に高級スナックを出店。
お店の開店資金は当時付き合っていた会社の社長に出してもらったといいます。

山辺節子は、自分が男性に好まれるためには努力を惜しまない女性だったようで、表情や声、話し方やしぐさなど相手の男性の好みを細かく研究し、誰にも負けない雰囲気つくりや振る舞いを演出するなど男を操る術を巧みに使い次々と男性達を思い通りに動かしていきます。

店を移転する際も別の男性が開店資金を出してくれたとか…。

会員制クラブも手に入れ、しばらくママとして水商売の世界で生きてきた節子。

ここに至るまで、男性たちに「お金をください」と言ったことなどないのに、男性たちが次々と夢を叶えてくれ、欲しい物は何でも手に入れることが出来たというから驚きです。

 

その後、ママとしての暮らしにも飽きた節子は店を売り飛ばし、30代後半にある会社社長と付き合うようになります。

 

一代で社長になったというこの男性の金で贅沢な生活を送っていた節子ですが、この男性が自分とは正反対の素朴な美人と浮気をしたことをきっかけに、なぜか歌人としてデビュー。

着飾ったり雅びたりしてもかなわない…
他の女性に出来ないことをしなければ彼女に勝てないということで、歌人としてデビューした節子は、43歳の頃に”原菜つ子”のペンネームで写真と和歌を組み合わせた写歌集『別れ際』を出版。

 
 
その後、節子の元へ戻って来た会社社長ですが、その関係も終わりを迎えます。

 

その後、節子は新たな支援者を得て会社社長になるという目的も達成。

この時、46歳になっていた節子ですが、これまでと同様に財力のある男が次から次へと自分の夢を叶えてくれると思っていたのでしょう。

彼女は、お金はあればあるだけ使う生活を続けていたのです。

 

 

◆自己破産からの転落人生


 

50代になり会社社長として人生を謳歌していた節子は、仕事で造花製造業の女性社長と知り合い、親しくなります。

ある日、この女性社長の会社の手形の裏書き(手形の譲渡)を依頼され応じたのですが、最終的にその会社が倒産。

肩代わりした節子は、不渡りになった手形と返済と合わせて多額の借金を抱えてしまいます。

借金の総額は1億円を超え、節子の会社は倒産。
彼女自身も自己破産せざるを得なくなったのです。

 

社長時代に建てた熊本の豪邸は家族名義にしていたため残っているそうですが、これまで頼りにしてきた男性たちは、すでに仕事を引退しており、以前のように彼女に援助してくれる人はいませんでした。

節子は選挙のウグイス嬢やイベントの司会で生活費を工面するようになったものの、これまでの贅沢な生活はやめられず…自分の持ち物である宝石や車を売って生活する日々。

やがて闇金にまで手を出すようになったといいます。


スポンサーリンク


 

 

◆つなぎ融資の女王の誕生


 

2011年秋には、闇金からの支払いが限度を超え、一刻も早く借金を返さなければならない状況にまで追い込まれた節子でしたが、プライドから「お金を貸してほしい」とはどうしても言えませんでした。

そのかわりに出たのが「30万円投資してみない?」という言葉。

この言葉で知人女性に投資話を持ち掛けると、簡単にお金を得ることができたといいます。

節子がマルチビジネスに詳しい女性から聞いた知識で適当に作ったというこの架空の投資話は、元金完全保証で20%の配当をつけ10回に分けて戻すというもの。

これが「つなぎ融資」のはじまりでした。

 

社長時代に建てた熊本県益城町の1億円の豪邸は息子名義にしていたため残っていたので誰も節子が破産したとは気づいていなかったといいます。

高級超品が並ぶこの豪邸に知り合いのお金持ちを招き投資話を持ち掛けると、面白いようにお金が集まって来るようになり、最初に30万円を振り込んだ知人女性も次々と出資者を紹介してくれてたといいます。

次々と出資者を募っては集めたお金を配当に回す。
自転車操業でしたが、当初は配当を遅れさせることもなく出資者は増え続けていました。

この投資話は口コミで広まり、半年後には数千万円規模に。

そして、2年もするといったい何人の人が参加して、いくら投資しているのか…全くわからない状態になっていたといいます。

 

 

 

◆フィリピンでホストに一目ぼれ


 

節子も驚くほど簡単にお金が手に入り、やがて動かすお金も巨額になっていきます。

毎日のように数百万円単位のお金を目にしていた節子はお金の感覚が完全に麻痺。
高級外車や宝石などを買い漁るようになっていきました。

また、これまで男性に助けてもらいながら生きてきた節子ですが、年齢的に男性との出会いも少なくなり…集めたお金を年下の彼氏や愛人に注ぐようになります。

 

2014年10月

不動産事業に乗り出そうとフィリピン・マニラに渡った節子(当時60歳)は、ホストクラブで30代のホストに一目ぼれ。

このホストは、何もかもが好みの男性だったそうで節子はこのホストと愛人契約を結びます。

30歳も年の差のある愛人と交わした契約書に書かれていた条件は次の通り。

・高級外車と自宅を与え、毎月180万円を支払う

・男性側には女性との交際を禁じる

 

何度もフィリピンに渡っては、このホストと逢瀬を重ねてきた節子。

この男性には女性との交際を禁じておきながら、節子は日本都内で当時23歳のモデルとも付き合っていたというから驚き。

こちらは、37歳もの年の差です…

このモデルの彼とも小遣いをあげている関係だったそうで、小遣いが貰えなくなっては困ると思ったのでしょう…
節子がフィリピンに愛人をつくったことを知ると、このモデルの男は怒って現地まで乗り込んできたこともあったそうです。

 

60歳を過ぎた節子は年下の男性と付き合うため目尻や目の下、口元、さらに胸にもヒアルロン酸を注入するなど必死に若作りしていたのです。


スポンサーリンク


 
 

◆タイ・バンコクで逮捕!


 

出資者を募っては集めたお金を別のグループの配当金に回すなどして、なんとか破綻を免れていた節子。

やがて、この投資話が嘘だと気づく人も現れ、次第に節子の元にはお金が集まらなくなります。

そして、2015年9月ついに出資者への支払いができなくなるのです。

 

詐欺容疑で警察も動き出し、節子は出資者との連絡を絶って逃亡者のような生活を送るように。

そこで節子は以前から好意を寄せてくれている九州の会社社長Aさんに電話し、熊本市内で匿ってもらうことになったのですが、華やかな生活が忘れられない節子は、Aさんが用立ててくれた500万円を持って歌舞伎町のホストに会いに行ってしまうのです。

大金を使い切ると熊本に戻り、Aさんに仕事だと嘘をついては、また大金をもらい歌舞伎町のホストの元へ。

Aさんから受け取ったお金で歌舞伎町ホストに貢ぐその額は4500万円以上になっていたそうです。

 

2015年クリスマス
とうとうAさんに歌舞伎町のホストのことが知られてしまいます。

 

節子は2016年1月、タイ・バンコクに逃亡、なんとここで運命の恋人と出会うのです。

タイのバンコクで知り合った恋人は183cm の長身で元ボクサーのタイ人男性(当時31歳)。

このタイ人男性とすぐに恋に落ち結婚の約束をして披露宴まで挙げた節子。

節子にはもう男にあげるお金などありませんでしたが、このタイ人男性は心から節子のことを受け入れ養ってくれていたそうです。

 

 

2017年3月30日、
節子は逃亡先のタイ東北部ウボンラチャタニ県のガソリンスタンドでタイ人男性と一緒にいたところ、不法滞在していたとして出入国警察の捜査官に身柄を拘束されます。
節子は2017年1月20日にタイに入国、これまで計15回タイを訪れていましたが、熊本県警は出資法違反容疑で節子を国際手配していました。

 

2017年4月には、出資法(預り金の禁止)違反容疑で逮捕タイから空路移送中の機内で逮捕された節子。

その後、熊本東署に勾留されていましたが、留置場で自殺を図り未遂に終わっています。

 

 

◆裁判


 

山辺節子は、2017年7月4日に行われた初公判で全面的に罪状を認めており、2018年4月19日に懲役7年の判決が言い渡されています。

刑期を終えたら愛するタイ人男性をラオスに呼び寄せ一緒に暮らすといっている山辺節子。

このタイ人男性が待ってくれているといいのですが…。


スポンサーリンク


 
 

◆さいごに


 

今回は「つなぎ融資の女王」として注目された山辺節子の生い立ちについて調べてみました。

それにしても、この巨額詐欺事件。
大企業が資金繰りに困った際のつなぎ融資という架空の投資話を持ち掛け元本保証と高い利息を支払う約束をしていたといいますが、なぜこんな手口に騙される人がいるのかと驚いた方も多いのではないでしょうか。

私の場合、山辺節子の若作り姿が強烈すぎて、どれだけの大金が騙し取られていたのかには注目していませんでしが、調べてみると逮捕当初の警察発表では山辺節子は北海道から宮崎県までの少なくとも70人から資金を集めていたとされ被害額は7億円とされていました。

しかし、その後の捜査や取り調べで被害者は120人超え、被害総額は27億円に上るとも報じられていますね。

ものすごい金額です!

 

この事件では、紹介者として勧誘に関わった疑いのある60代の男女2人が書類送検されていますが、違法に募った巨額出資金がどこへ流れたのか…その詳細が気になるところです。
 
≪関連記事≫

山辺節子の共犯者は誰?2組の夫婦の存在が気になる!

 


スポンサーリンク

 

 

 - TV