渡辺佳明(明治大学) 祖父は横浜高校元監督で母は元寮母!親子三代の夢は叶うか!?

      2018/10/25

 

 
2018年10月25日(木)に開かれるプロ野球ドラフト会議

今年のドラフトは、球界の未来を担う逸材揃い!
 
注目は、史上初となる2度目の春夏連覇を達成した大阪桐蔭の根尾昂選手や藤原恭大選手、秋田大会から1人でマウンドを守った金足農の吉田輝星選手ら今年甲子園を沸かせた選手たちの交渉権の行方です。

ドラフト会議の模様は、午後4時50分からTBS系で生放送。

また、午後7時からはドラフト緊急特番『お母さん ありがとう』が放送されます。
 


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お母さん ありがとう
2018年は!?

『お母さん ありがとう』は、さまざまな悲劇や挫折を乗り越えプロ野球への夢を追い続けた親子の物語が紹介され、その選手の指名の状況や喜びの声が中継されます。

今回紹介されるドラフト候補は、横浜高校元監督 渡辺元智さんの孫で明治大学の渡辺佳明選手(21歳)。

佳明選手の祖父 元智さんは甲子園通算51勝、優勝5回。
“平成の怪物”松坂大輔選手を育て上げるなど高校野球界きっての名将
として知られています。

そんな偉大な祖父の背中を見ながら育った佳明選手は祖父が監督を務める横浜高校に進学。

しかし、”渡辺さんのお孫さん”という周囲の視線を受け、常にそのプレッシャーと戦ってきたといいます。

佳明選手の母 元美さんは、元智氏の次女。
横浜高校野球部合宿所の前寮母で、選手たちの1日3度の食事の管理をしてきました。

佳明選手のプロ入りは、親子三代の夢

今回のドラフト会議で、悲願は果たされるのか、注目です。
 


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渡辺佳明選手のプロフィール

 

引用元:meiji-bbc.net
 

【生年月日】1997年1月8日

【出身地】神奈川県

【身長】179cm

【体重】77kg

【投球打席】右投左打
 

 
 

偉大な祖父

 
全国屈指の強豪校 横浜高校元監督の渡辺元智氏を祖父に持つ佳明選手。

佳明選手の両親は幼い頃に離婚しており、祖父の元智氏が父親代わりだったといいます。

そして、佳明選手の母 元美さんは、1997年から それまで横浜野球部の寮母を務めていた母から引き継ぎ、長年球児の胃袋を支えてきました。

その関係で佳明選手は幼少の頃から寮で遊び、野球に親しんでいたといいます。
佳明選手が幼い頃、あの松坂選手が抱っこしてボール遊びの相手をしてくれたこともあったそうです。

 

佳明選手は、六浦南小2年から野球を始め、富岡中では中本牧リトルシニアでプレー。
3年時は二塁手としてジャイアンツカップ4強。

富岡中3年時には、祖父が監督を務める横浜高校でやりたいと元智氏に直訴。
しかし、当時の佳明選手は身長165cmと小柄だったこともあり、祖父からは「お前の実力ではユニホームは着られない」と突き放されたといいます。

それでも諦めず、一般入試で横浜高校に合格した佳明選手は祖父が率いる野球部に入部。
入学後、身長は177cmまで伸び、努力の結果、1年秋からベンチ入りを果たし、2年生で「5番・一塁」のレギュラーをつかんだのです。
 


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祖父の壮絶な過去

 
さて、今回放送されるドラフト緊急特番『お母さん ありがとう』のインタビューでは、祖父 元智さんが壮絶な過去を赤裸々に語っているようです。

ここからは、少し祖父 渡辺元智氏の話をまとめました。
 

渡辺元智氏は、1944年11月3日、神奈川県足柄上郡松田町に田中家の次男として生まれました。
旧名は元(はじめ)。

そこは実の母の祖父の家で、中学卒業までは「田中」姓。
 
両親は別の町で暮らしていたため元智氏は親の愛情を知らずに育ちました。

そんな元智氏の寂しさを紛らわせてくれたのが野球だったのです。

元智氏は当時、甲子園大会で夏春連覇を達成するなど全国屈指の強豪 法政二高に合格。
しかし、田中家では高額な学費を捻出できず…
その後、元智氏は母親の妹の嫁ぎ先である渡辺家の養子になったのです。

ところが、そこでも学費が出せなくなり横浜高に転入するしかなかったそうです。
 
 
横浜高時代の元智氏は外野手。
プロを目指し横浜から神奈川大に進学しましたが、外野手から二塁手に転向した影響で右肩を痛め野球を断念。
 
野球推薦による入学だったことを気にした元智氏は大学を中退します。
 
人生の支えともいえる野球を失った元智氏は、その後 民間企業に就職するも荒れた生活を送っていたといいます。
 


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祖父と孫がつかんだ甲子園出場

 
野球から離れていた元智氏でしたが、恩師である笹尾晃平氏が監督退任時、後任に元智氏を推薦したこともあり、1965年に横浜高硬式野球部のコーチに就任。
 
以来 指導者として高校野球に人生のすべてを捧げてきました。
 
1968年からは監督に就任。教職免許を取得し、社会科教諭も務めました。

1973年センバツで初出場、初優勝。

1998年には、松坂選手を擁し甲子園春夏連覇、明治神宮大会、国体の4冠を達成しました。

しかし、2004年春、軽い脳梗塞で倒れ、甲状腺と喉頭に腫瘍が見つかった元智氏。
その後も体調に不安を抱え、一時は勇退まで考えたといいます。
 
しかし、孫の佳明選手が横浜で野球をやりたいというのが励みに!
ウオーキングやプールでのリハビリと食事制限をするなどして体力強化を図ってきました。

2012年、孫の佳明選手が横浜高校野球部に入部。

2013年には第95回全国高校野球選手権大会の地方大会で2年ぶり15度目の甲子園出場を決め、佳明選手とともに春夏通算26度目の甲子園に臨んだ元智氏
父(監督)と息子の親子鷹は稀にある話ですが、祖父(監督)と孫のパターンは高校野球史上でも異例の出来事でした。

 
華やかな経歴の裏で、さまざまな苦難と戦い続けてきた渡辺元智氏。
長年、横浜高校野球部の監督を務め、同校を強豪校に育て上げてきましたが、2015年5月監督を退任することが発表されました。

元智氏の甲子園での成績は春夏通算で26度出場し51勝。
優勝5回(春3・夏2)

 


 


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佳明選手 プロ志願届提出

 
明治大学に進学した佳明選手。

身長179センチ、体重74キロと細身ですが、巧みなバットコントロールを誇る左の巧打者で3年時から大学日本代表「侍ジャパン」にも選出。
 


YouTubeより引用
 
 
春季リーグ戦でも49打席で三振3という少なさでバットコントロールのうまさを見せつけました。

打率は昨秋よりも下がったものの出塁率.411は過去最高で、選球眼も向上。
今春からは遊撃手に転向し、巧打堅守で存在感を示しています。

 

 
そして、9月8日、プロ志望届を提出した佳明選手

「ドラフトで指名がかかるか分かりませんが、日本で一番高いところでやりたい気持ちがある」と語っていました。

 

佳明選手のプロ入りは、親子三代の夢でもあります。

番組名は『お母さん ありがとう』ですが、渡辺佳明選手の場合は「ありがとう おじいちゃん お母さん」ですね。

ちなみに、母 元美さんは、2017年に管理栄養士免許を取得。
父 元智氏が監督を勇退した3年後に寮母を引退し、現在は桜美林大のアスリート寮で食事面のサポートを行っているそうですよ。

 

今回のドラフト会議で、渡辺家3人の悲願は果たされるでしょうか。注目です。
 
※渡辺佳明選手は、6巡目で楽天に指名されました。
 

 

 


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