澤田真一が『激レアさん』で語る甲子園7連続初戦敗退ヒストリー!

      2018/03/07

 

もうじき春のセンバツ高校野球がはじまりますね。
楽しみな季節です。
 
さて、甲子園における「連覇」の歴史はよく目にしますが、先日見たテレビでは甲子園7連続初戦敗退ヒストリーが紹介されていましたよ。
 
その番組は、2018年3月6日に放送されたテレビ朝日系バラエティ番組『激レアさんを連れてきた。』
 

”激レアさん”として紹介されたのは盛岡大付の前監督 澤田真一さん(52歳)。

 
 
澤田さんは、全く無名の弱体チームを強豪校に育てあげ何度も甲子園に行ったのに一度も勝てず、あらゆる負け方をコンプリートしてしまった監督として登場。

番組では初戦敗退した理由にタイトルをつけて紹介していました。

 
 
ここからは、『激レアさんを連れてきた。』で盛岡大付の前監督 澤田真一さんが語った甲子園7連続初戦敗退ヒストリーをまとめています。


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夢の甲子園へ
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盛岡大付の野球部は生活学園高時代の1980年に創部。

校名変更後から力を入れはじめ、1991年に東北福祉大OBの澤田真一前監督が就任しました。

今でこそ県内屈指の強豪校といわれている盛岡大附 野球部ですが、最初は部員9人、バット3本、ボール20個というスタートだったそうで澤田さんは自腹を切って野球部の部品を揃えていたそうです。

澤田さんが就任して5年目、1995年の夏に悲願の甲子園に初出場

以降、県内屈指の強豪校となり、夏9度、春4度の甲子園出場をはたしていますが1995年夏から2012年夏まで春夏通算9度の甲子園出場は、いずれも初戦敗退しています。

 

1995年 夏
高知商戦

念願の甲子園初出場を果たした盛岡大付。

普通なら対戦校の情報を探るなど何かしらの対策を立てるところを何もせず試合に挑み5-7で初戦敗退。

学校には「なぜバントをしないんだ」というクレーム電話がかかってきたといいます。

この頃、澤田さんは新婚だったそうで番組では、敗戦した理由を「新婚浮かれ負け」と紹介されていました。

また、この年は後に西武ライオンズから3位指名され入団したエース 小石沢浄孝選手を擁しながら敗戦。
しかも試合後のインタビューで澤田さんは「小石沢が最悪でした。最後までダメだった」とありえない発言をしてしまいます。

当時を振り返り「あの言葉は全国の高校野ファンを敵に回しました」と、かなり批判を浴びたことを明かしていました。
 
 

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続く初戦敗退
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1996年 夏
東筑(福岡)戦

前回バントをせずに批判されたため、県大会では使っていなかったにもかかわらずバントをして失敗し、0-2で初戦敗退。

番組でつけられた敗戦タイトルは「炎上トラウマ負け」でした。
 
 

2001年 夏
近江(滋賀)戦

 
ここへきてようやく対戦相手の情報を集めることにした澤田さん。

対戦校である近江のビデオを入手しましたが、深夜の通販番組のように流し見していただけで満足…

この時は、1-4で初戦敗退しており、番組でつけられた敗戦タイトルは「ビデオお取り寄せ満足負け」
 

 
 

2003年 春
横浜(神奈川)戦

 
この時は対戦校の横浜が偵察に来ていたそうですが、
なんと澤田さん、ご丁寧にコーヒーと椅子を用意して一緒に見ていたというから驚き。

0-10で初戦敗退し、番組でつけられた敗戦タイトルは「手の内見せすぎ負け」でした。
 

 

 

2003年 夏
福井商戦

 
同点の9回裏 ノーアウト一塁のチャンスにバントをせずに強攻するも失敗。
 
延長の末、6-8で敗戦してしまいます。
 

 
番組でつけられて敗戦タイトルは「2択を間違えベタな采配ミス負け」
 
 

2004年 夏
明徳義塾(高知)戦

 
この年は、自ら明徳義塾に偵察に行くも相手の完成度に衝撃を受け委縮したのか…2-15で大敗。

番組でつけられた敗戦タイトルは「偵察行ってションボリ負け」
 

 


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監督 最後の夏
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2008年 夏
駒大岩見沢(北北海道)戦

 
この年で監督を辞めようと思っていた澤田さん。
 

 
最後の挑戦では万全の態勢で挑みながらも3-8で敗北してしまいました。
 

 
番組でつけられた敗戦タイトルは「実力出し尽くして負け」

 

 

こうして甲子園で1勝もできないまま澤田さんは監督を引退。

初出場からの7連敗記録 ”サワダの甲子園負けヒストリー”や、敗戦タイトルを見ていくと、なんともやるせない気持ちになってしまいますが、考えてみると甲子園に出場すること自体がすごいことなんですよね

澤田さんは「負け続けたけど1人1人の教え子が私の財産です、やってきたことに悔いはありません」と語っていました。

番組には現在社会人として頑張っている何人かの生徒さんがVTRで出演、「監督には感謝の言葉しかないです」とコメントしていました。

 

監督時代、生徒を甲子園で勝たせられなかった澤田さんですが、このあと教え子がもたらした奇跡が!

 

 

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受け継がれる意思
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2013年 盛岡大付
念願の初勝利

 
監督を引き継いだのは、1995年 夏の甲子園に初出場した澤田さんの教え子 関口清治監督でした。
 

 
関口監督は2000年に盛岡大付のコーチとなり部長を経て2008年9月に監督に就任。

悲願だった甲子園初勝利は2013年センバツで安田学園(東京)をサヨナラで破りました。
 

 
 
この試合をバックネット裏で見ていたという澤田さんは勝利の瞬間、何とも言えない気持ちになったそうです。

試合後、関口現監督は澤田さんに次のように感謝をされたそうです。
「これまでの負けの経験があったから、それを対策し成長できました。
その基礎は澤田先生が作ってきたもの。
この初勝利は澤田先生のおかげです。
ありがとうございます」

澤田前監督の意志を受け継いでの勝利。感動ですね。
 
 

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さいごに
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盛岡大付は、2014年には神奈川の強豪 東海大相模を下し、夏の甲子園初勝利も飾っており、2017年には春夏連続8強入りするなど大躍進しています。

そして、この番組最後に澤田さんが語ったのが「忘れ物はいつか誰かが取りに行ってくれる」という格言。

番組研究員のオードリー若林正恭さんからは「強烈な人任せだな」と突っ込まれていた澤田さんですが、現在は盛岡大付の教頭先生だそうですよ。

 

また、澤田さんは自身の経験を執筆した『甲子園の負け方、教えます。』(報知新聞社)という本を出版されています。
 

 
今回のテレビ出演で、いい番宣になりましたね。

 



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