なる家のまねき猫

40代の私の気になる話題を紹介

岡田有希子 自殺の真相を事務所の元専務が語る!

      2017/10/26

 

2016年12月2日(金)の
TBS『爆報!THEフライデー』
2時間スペシャルで
1980年代半ばに活躍した
伝説のアイドル
岡田有希子さんについて
紹介されました。

 

岡田有希子さんといえば、
人気絶頂だった
1986年4月8日に
飛び降り自殺したことが
大々的に報道され、
この年、
岡田さんの自殺に端を発した
若者の相次ぐ自殺が
大きな社会問題になりましたね。

 

今回、
『爆報!THEフライデー』では、
岡田有希子さんは
なぜ自殺したのか…
その真相を
岡田さんの事務所の元専務が
語っていました。

 

この元専務は、
岡田さんが自殺する直前まで
ずっと一緒にいた人物。

 

岡田さんは、
あの日、
1日で2回の自殺を
図っていたのですが、
元専務は、
1回目と2回目の自殺は
理由が違ったと
語ったのです。

 

岡田有希子さんが
亡くなった日、
一体何があったのか…

 

『爆報!THEフライデー』では、
伝説のアイドル
岡田有希子さんの謎が
明かされていました。

 

 

 

岡田有希子さん プロフィール

 

岡田有希子さん

【本名】佐藤佳代

【生年月日】1967年8月22日

【出生地】愛知県一宮市

【出身地】愛知県名古屋市熱田市

【血液型】O型

【学歴】名古屋市立沢上中学校

名古屋市立向陽高等学校から
堀越高等学校に編入

 

小学6年生の時に
学芸会の音楽劇
『浦島太郎』で
乙姫役を演じたという
岡田有希子さんは、
芸能界に憧れを持ち
中学生になると
『ホリプロタレント
スカウトキャラバン』や、
テレビドラマ…など
様々なオーディションに応募、
連続テレビドラマ
『中学生日記』に
エキストラとして出演したことも
あったといいます。

 

また、
1981年8月、
当時中学2年生だった岡田さんは、
お姉さんが購読していた
『高一時代』という雑誌に載っていた
オーディション
『ニコン フレッシュギャル
コンテスト』に応募、
準グランプリに選ばれました。

 

1983年、
日本テレビ
『スター誕生』の
第46回決戦大会で優勝した
岡田さんは、
桜田淳子や松田聖子らを
輩出していた芸能事務所
『サンミュージック』から、
アイドル歌手として
デビューしました。

 

デビューシングルは、
『ファースト・デイト』

キャッチフレーズは、
「いつまでも、一緒にいてね。」

 

 

歌手デビューした
岡田有希子さんは、
あっという間に
スターの座に上り詰め、
「第二の松田聖子」
「ポスト聖子の第1候補」など
事務所の先輩
松田聖子さんと比較されるほどに。

 

そんな、
岡田さんは、
イベント出演や
テレビ、ラジオ番組の収録、
ドラマ撮影に取材…など大活躍。

 

彼女は、
風邪や過労の時でも
点滴を打ちながら
仕事をこなしていたといいますから、
かなりの
頑張り屋さんだったようです。

 

この他にも、
岡田さんの
プロ意識の高さをうかがわせる
エピソードがあります。

 

岡田さんは、
1985年11月~1986年1月まで
放送された
TBS系
連続テレビドラマ
『禁じられたマリコ』で
初主演していますが、
ドラマの撮影は、
コンサート期間中
(1985年9月19日~12月いっぱい)まで
毎日のように行なわれ、
スケジュールの関係で
8時間休憩がなかったり、
撮影が深夜に及ぶことも
あったそうです。

 

しかし、
そんな多忙の中、
岡田さんは、
ほとんどNGを
出していなかったといいます。

 

 

さて、
岡田さんのヒット曲といえば
1986年1月29日に発売された
シングル
『くちびるNetwork』。
 

 
この曲は、
当時、
妊娠で休業中だった
事務所の先輩
松田聖子さんが作詞し、
坂本龍一が作曲。

 

1984年にデビューした
沢口靖子さんが
イメージキャラクターの
『カネボウ・春のキャンペーン』
ソングとして使用され
オリコンチャートで
初登場1位となりました。

 

 

衝撃の自殺に後追いする若者も!

 

1986年3月、
堀越高校を卒業した
岡田有希子さん。

 

同年4月5日からは、
全5都市
(東京、名古屋、豊橋、鶴岡、大阪)で
コンサート『Heart Jack』をスタート。

 

そして、
10日からは、
テレビ朝日で
ドラマの収録も控えるなど
人気絶頂期を迎えていました。

 

ところが、
全国コンサートがスタートして
3日後の
1986年4月8日 早朝、
岡田さんは、
自宅マンションで
リストカットを行い
ガス自殺未遂を図るのです。

 

この時は、
マンションの住民が
ガス臭に気づき、
管理人が
110番と東京ガスに通報したため
未遂に終わりましたが、
レスキュー隊が駆けつけた時、
岡田さんは、
押入れの下段でうずくまり、
泣いていたといいます。

 

その後、
現場から程近い
北青山病院で治療した後、
岡田さんは、
東京 新宿区四谷の
事務所に戻りましたが、
午後12時15分ごろ、
事務所が入居している
大木戸ビルの屋上から
飛び降り自殺を図ったのです。

 

18歳という若さで
亡くなった岡田さん…

遺書とみられる
鉛筆書きの便箋も
残されていたといいます。

 

岡田有希子さんが
飛び降り自殺したことは、
ワイドショー番組で
大々的に取り上げられ、
視聴者に衝撃を与えました。

 


自殺現場

 

 

この自殺報道に影響されてか、
この年、
岡田さんの自殺に端を発した
若者の相次ぐ自殺が
大きな社会問題にもなりました。

 

 

自殺の原因は!?飛び交う憶測や噂

 

ところで、
岡田有希子さんの
自殺の原因を巡っては
様々な憶測や噂が
飛び交っていますね。

中には、
都市伝説として広まったものも
あるようで
真相はわかっていません。

 

岡田有希子さんの
自殺の原因で
私が一番
印象に残っているのは、
2008年10月に亡くなった
峰岸徹さんとの噂です。

 

岡田有希子さんと峰岸徹さんは、
1985年から1986年にかけて
放送された
TBS系ドラマ
『禁じられたマリコ』で
共演したこともあり、
峰岸徹さんが、
岡田さんの交際相手なのでは!?と
噂されていました。

 

ちなみに、
『禁じられたマリコ』とは
どんなドラマなのかというと…

幼いころ、
父親が
殺人の濡れ衣を着せられ
目の前で射殺されたことにより
超能力を持ってしまった…
主人公
杉浦麻里子(17歳 高校生)が
さまざまな悲劇に
巻き込まれながらも
懸命に生き、
亡父の無実の罪を晴らすため、
悪の超能力者との戦いを
決意するというストーリー。

 


 

このドラマで共演した
岡田さんと峰岸さん。

 

主人公 杉浦麻里子を
岡田有希子さんが演じ、
峰岸徹さんは、
黒木という謎の刑事役でした。

 

2人が男女の関係だったのでは…
という噂はエスカレートし、
岡田さんが峰岸さんに
弄ばれた…
峰岸さんの子供を妊娠した…
など
勝手な憶測が飛び交っていました。

 

ただ、
信憑性があったのは、
岡田さんが残したノートに、
峰岸さんへの思いや、
恋を成就することのできない
苦しい胸の内が
綴られていたという話。

 

当時18歳の岡田さんと
42歳の峰岸さん。

かなり年上の男性なので、
それはないだろうと
思っていましたが、
峰岸さんは、
岡田さんが自殺した日の夜、
会見に応じ、
「正直ものすごいショックです…
僕はアニキのつもりだったが、
彼女にはそれ以上の
プラスアルファが
あったのかもしれない」と
コメントしていましたから、
もしかしたら
岡田さんが
峰岸さんに
片思いしていたのは
本当の話なのかもしれませんね。

 

緊急会見で記者に囲まれる峰岸徹さん

 

 

この他の噂は…


岡田さんが失恋した相手は、
峰岸さんではなく、
大手芸能プロダクション
I原プロの俳優
K・Mさんではないか…

岡田さんは、
彼の子を
妊娠していたが、
Kさんは、
岡田さんの事務所の先輩
松田聖子さんと結婚…
失恋のショックで…

 


同じくIプロのT さんの
ファンだった岡田さんが
Tさんの子を妊娠…
それを苦に…

 


岡田さんは、
自殺ではなく
殺された…

…など
様々な憶測が飛び交いました。

 

また、
都市伝説となっているのは、
岡田さんが自殺した後
某歌番組の生放送で起きたという
心霊現象について。

 

内容は、
当時の
人気アイドル
中森明菜さんが歌っている後ろに
血まみれのドレスを着た
岡田有希子さんが
映っていたというもので、
その他の歌番組でも
岡田さんの姿が目撃され
放送直後、
テレビ局には、
視聴者から
問い合わせの電話が
殺到したとか…

 

なんでも
中森明菜さんが
『ジプシークィーン』を
歌っている時だったそうです。

 

よくスタジオには
霊が出ると
聞きますから、
本当かな…と確かめたくて
調べてみましたが、
その時の映像は
見当たりませんでした。

 

 

元チーフマネージャーも自殺!

 

あくまで個人的な意見ですが、
岡田有希子さんが所属していた
事務所
『サンミュージック』といえば、
何かとお騒がせな
タレントさんがいる事務所…
というイメージです。

都市伝説ではないですが、
この事務所
呪われているんじゃないの…と
思ってしまうような
不幸な出来事が
所属タレントの身に起きていますね。

 

衝撃的だったのが、
岡田有希子さんが
可愛がっていたという
事務所の後輩
酒井法子さんの逮捕。

 

そして、
今年ワイドショーを賑わせた
ベッキーさんの
”ゲス不倫騒動”

 

いずれも自業自得ですが…

ただ、
気になるのは、
岡田有希子さんの
元チーフマネージャーだった
溝口伸郎取締役制作部長(当時54歳)が
2000年7月19日、
『サンミュージック』の入る
あの大木戸ビルのトイレで
首吊り自殺していることです。

 

溝口氏は、
酒井法子さんのデビュー当時からの
担当マネージャーで、
2000年といえば、
出産のため休業していた
酒井さんが
芸能活動を再開した年でした。

 

岡田有希子さんの自殺の真相を
溝口氏が知っているのかな…と
思っていましたが、
今回、
『爆報!THEフライデー』では、
事務所の元専務
福田時雄さんが
岡田有希子さんの自殺の真相を
告白していました。

 

 

元専務が語る岡田有希子さんの自殺の真相

 

岡田有希子さんが自殺した日に
開かれた事務所の緊急会見で、
「全く死ぬような状況じゃない」と
語っていた
事務所の元専務
福田時雄さんが
岡田さんの自殺した真相について
一部始終を告白していました。

 

岡田さんが、
高校を卒業して
青山のマンションで
初めての一人暮らしをしてから
4日目…

 

1986年4月8日 午前10時
(命を絶つ2時間前)

岡田さんは、
1度目の自殺を図ります。

 

彼女は
部屋にガスを充満させ
刃物で手首を切っていました。

 

この時は、
住民がガスの警報に気づき通報、
岡田さんは病院へ緊急搬送され
左手首を4針縫ったものの
命に別状はなかったのです。

 

午前11時15分ごろ
病院で手当を受けた岡田さんは、
福田元専務が話しかけても
泣くばかりだったといいます。

 

治療が終わり
タクシーに乗った福田元専務は、
青山のマンション、
名古屋の実家、
事務所、
これからどこに行きたいか…
岡田さんに聞いたそうです。

 

この問いかけに
岡田さんは事務所に行きたいと言い、
昼12時、
事務所に到着しました。

 

その後、
社長から電話があり、
報告のため
席を離れたという福田元専務。

 

この時、
部屋には岡田さんと
付き人の2人だけだったそうです。

 

社長への報告を終え
福田元専務が部屋に戻ってみると、
そこには
もう…
岡田さんの姿はなかったといいます。

 

当時の記憶では、
岡田さんは
ティッシュを取りに
部屋から出たと
報じられていましたが、
不吉な予感がした福田元専務は、
ビルの中を探したそうです。

 

すると、
屋上への階段には、
病院から履いてきたはずの
スリッパがあり…
それは、きれいに揃えられていたといいます。

 

そして、
12時15分、
岡田さんは所属事務所が入る
7階建てのビルの屋上から
飛び降り自殺を図ったのです。

 

岡田さんの死は、
連日報道され
マスコミは、
岡田さんの両親のいる実家に
突撃取材し
家族へ質問攻めするなど
今では考えられないことが
行われていたようです。

 

そして、
岡田さんの死は
”ユッコ・シンドローム”という
社会現象を
巻き起こします。

 

この年の4月15日、
神戸で
「岡田有希子さんみたいになりたい」と
16歳の少女が
マンションから
飛び降り自殺を図る…など
後追い自殺する少女が
相次いだのです。

 

岡田さんの死から1週間で
なんと8人が自殺…

1ヵ月間の後追い自殺者数は、
30人以上にのぼり、
同年5月5日には、
岡田さんが飛び降りた同じビルから
彼女のファンだった21歳の浪人生が
投身自殺を図っています。

 

岡田さんのファンの中には、
所属事務所に対し、
「有希子が何で死んだのか
わかってるのかよ。
有希子が死んだのはな
お前らが酷使しまくってな…
有希子の死を何だと思ってんだよ」と
行き場のない怒りを
ぶつける者もいました。

 

自殺現場では
毎日、
ファンが集い
事務所前は
大混乱になったといいます。

 

なぜ岡田有希子さんは
自殺してしまったのか…

これまでは、
男女関係のもつれが
原因ではないかと
噂されてきました。

 

亡くなった日の夕刊には
噂された有名俳優
峰岸徹さん(当時42歳)の名前も
掲載されました。
 

 

報道によると、
岡田さんの遺書に
峰岸さんの名前があったとか…

 

親子ほどの年齢差がある2人に、
本当に恋愛関係はあったのか…

世間が騒然とする中、
峰岸さんは緊急会見を開き
岡田さんとの関係を
完全否定しました。

 

その後、
岡田さんの母親が出版した
『愛をください』では、
峰岸さんをかばうように
こう記されていました。

峰岸さんとのことについては
女性週刊誌テレビなどで
あれこれ取沙汰され
そのたび
私は峰岸さんに対して申し訳なく
また お気の毒で
なりませんでした

 

このように
岡田さんの母親は、
岡田さんの片想いだったと証言。

 

福田元専務も
峰岸さんとの関係について否定、
「彼女の一方的な想いだったと思う…
変な関係じゃないと思います…
一途に想い続けていた」と、
語っていました。

 

そして、
番組スタッフから
岡田さんが自分で命を絶った
理由についてどう思うか…聞かれた福田元専務は、
「1回目と2回目の自殺は
理由が違うのではないか」と
語っていました。

 

福田元専務によると、
1回目は誰かを想って…の
ことだったかもしれないが、
2回目の自殺…
彼女が命を絶った真の理由は、
”自責の念”から
だったのではないかと
語っていました。

 

人一倍真面目な性格だったという
岡田さん。

1回目の自殺未遂のあと、
自分が起こした事の重大さに
気づいた岡田さんは、
多くの関係者に
迷惑をかけてしまった
大変なことをしてしまった…
もう生きていけない…と思い詰め
自らを責め、
命を絶ったのではないかと
福田元専務は明かしていました。

 

 

今回の『爆報!THEフライデー』では、
事務所から
岡田有希子さんの資料が消えた事件についても
放送されました。

岡田有希子の新事実 資料紛失事件とは!?

 

 - TV