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『松本ハウス』ハウス加賀谷 殺し屋に狙われる幻覚に苦しんだ日々を告白!

      2017/06/13

 

2017年6月13日(火)の
日本テレビ
『ザ!世界仰天ニュース』で放送される
人気芸人のウソみたいな苦労話。

この番組では、
うつ病と闘っていた
ノンスタイルの石田さんや、
アニサキス食中毒に
苦しんだ渡辺直美さんら
人気芸人さんの苦労話が
紹介されるようですが、
その中で
”殺し屋に狙われる幻覚”に苦しんだという
かなり気になる芸人さんの話も
紹介されます。
 

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その芸人さんとは…
1991年に結成し、
1999年に活動を休止したお笑いコンビ
『松本ハウス』 ハウス加賀谷さん。
 


 

 

『松本ハウス』について

1991年に結成したお笑いコンビで
メンバーは
ハウス加賀谷さん(ボケ担当)と、
松本キックさん(ツッコミ担当)。

現在はサンミュージック所属

 

【ハウス加賀谷】

本名:加賀谷潤

生年月日:1974年2月26日

出身地:東京都

血液型:O型

坊主頭で
白いシャツにピンクのピタピタパンツという
奇抜な服装で登場

約1年お世話になったという
グループホームの『〇〇ハウス』から
ハウス加賀谷という芸名に。

【松本キック】

本名:松本真一

生年月日:1969年3月8日

出身地:三重県

血液型:O型

 

 

『松本ハウス』のコンビ結成は1991年。

19歳の頃から漫才や
コントのネタを書きためていたという
松本さんは、
1991年に芸能事務所のオーディションに合格、

松本さんが
稽古場で出会った当時17歳の加賀谷さんに
声をかけたのが
コンビ誕生のきっかけだそうです。

 

 

 

ハウス加賀谷が突然芸能界を引退した理由

 

『松本ハウス』は、
「タモリのボキャブラ天国」や
「進め!電波少年インターナショナル」などの
人気番組にレギュラーで出演していましたが
1999年
突如、コンビは活動を休止。

ボケ担当のハウス加賀谷さんは、
芸能界から姿を消し、
相方の松本キックさんは、
ピン芸人や俳優として活動することに
なったのです。

その理由は、
ハウス加賀谷さんが苦しんでいた病
統合失調症の悪化でした。

 

 

統合失調症とは

幻覚や妄想という症状が特異的な
精神疾患で
それに伴い
人々と交流しながら家庭や社会で生活を営む機能が
傷害を受け(生活の障害)、
「感覚・思考・行動が病気のために歪んでいる」ことを
自分で振り返って考えることが
難しくなりやすい(病識の障害)、という
特徴を併せもっています

多くの精神疾患と同じように
慢性の経過をたどりやすく、
その間に
幻覚や妄想が強くなる急性期が出現。

統合失調症は、
およそ100人に1人弱がかかる
頻度の高い病気です。

「普通の話も通じなくなる」
「不治の病」という
誤ったイメージがありますが、
こころの働きの多くの部分は保たれ、
多くの患者さんが回復していきます。

新しい薬の開発と
心理社会的ケアの進歩により、
初発患者のほぼ半数は、
完全かつ長期的な回復を
期待できるようになりました。

以前は「精神分裂病」が正式の病名でしたが、
「統合失調症」へと名称変更されました。

厚生労働省
『知ることからはじめよう
みんなのメンタルヘルス』より引用

 

気になる統合失調症の原因について
調べてみましたが、
今のところ統合失調症の原因は
明らかではありません。

進学や就職、
結婚などの人生の転機における変化が、
発症のきっかけとなることが多いようですが、
こうした人生の転機は
特別な出来事ではなく、
ほぼ誰もが同じような経験をしており、
大部分の人が発症に至らないということから
それらは発症のきっかけではあっても
原因ではないと考えられています。
 

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中学生の頃から悩まされた幻聴や幻覚

 

実は中学校の頃から
統合失調症を患っていたという
ハウス加賀谷さん。

ハウス加賀谷さんの人生の転機というのは、
親のすすめで中学受験を目指し
小学3年から塾通いをしていたことでしょうか。

しかし、
塾に行くよりも
本当は友達と遊びたかった加賀谷さん

そして異変が…

塾のノートのページが
めくれなくなったのです。

字を書く余白がなくなっても
同じページのまま…
文字の上に字を書いていたため
ノートが真っ黒になったといいます。

こうして
親に初めて反抗し、
中学受験も塾通いもやめた加賀谷さん。

しかし、
その後も
幻聴や幻覚に悩まされた加賀谷さんは、
恐怖で夜も眠れない日々を
過ごしていたのです。

 

◆ 幻聴

それは中学2年の夏、
「臭い」と、
同級生が自分のことを言っている声が
聞こえたといいます。

実際は言われていないのに
当時の加賀谷さんは
真実のことと受け止めてしまい
性格は暗くなっていったそうです。

高校に進学してからも
この「臭い」という幻聴に悩まされた
加賀谷さんは、
とうとう外に出られなくなってしまい
1年間、自分の部屋に引きこもるように
なったそうです。

この幻聴、
周りの人から「本当の声ではない」
「聞こえない」と いくら説明されても
統合失調症の患者さんにとっては
真実のことと体験されているので
なかなか信じられないそうですね。

加賀谷さんは、
「臭くない」という皮膚科の先生に頼み
臭いの原因を取り除くための手術まで
してもらったそうですが、
この幻聴は消えなかったそうです。

 

◆ 幻覚

その後、
母親が探してきた精神科に通い、
薬を飲むようになりましたが
症状は改善せず…
とうとう
幻覚に襲われるまでになったのです。

それは、
高校の廊下を歩いていた時、
突然、
廊下が波打ち
自分をのみこもうとしてくるという
恐ろしい幻覚でした。

 

 

コンビ結成から休止するまで

 

その後、
加賀谷さん(当時16歳)は
心の病に苦しんでいる人々が
社会復帰をめざして共同生活を送る
グループホームに入居。

ここでは、
ゆったりとした時間が流れ、
幻聴や幻覚に悩まされることは
なくなったそうで、
約1年お世話になったそうです。

そんな平穏な日々の中で、
お笑い芸人をめざすようになった
加賀谷さんは、
相方の松本さんと出会い、
コンビを結成。

加賀谷さんにとって
芸人の仕事は、
初めて見つけた
自分の居場所だといいます。

薬を飲み続けながらも
芸人として
人前に出て笑いが取れるようになった
『松本ハウス』。

1年過ぎた頃にはファンも増え
やがて
加賀谷さんの症状も
良くなった気がしていたそうです。

しかし、

実は、
コンビ活動を休止する前から
自分の病気を公表していたという
加賀谷さんは、
世間の偏見にも悩まされていたといいます。

テレビのオーディションでは、
ディレクターから
「面白いけど、
もう少し抑えてもらえないかな。
電話かかってきちゃうから」と
言われたこともあったそうです。

また、
あるお笑いコンテストの総評では、
審査委員からの
『障害者を舞台にあげていいのか』という
心ない言葉に
怒りをこらえるのが大変だったという
加賀谷さん。

これには、
相方の松本さんも、
怒りで体が震えたそうです。

そんな偏見にも負けず、
次々と人気番組に出演し、
忙しく活動していた
『松本ハウス』の2人でしたが、
休みのない日が続くようになると、
やがて
加賀谷さんは
体調を崩すようになったのです。

しかも、
薬に頼らなくても大丈夫だと
自分の判断で薬を減らしていた加賀谷さんは、
早く体調を戻すためと
こんどは、
薬を多めに飲むようになり…

やがて
心身のバランスが崩れていった加賀谷さんは、
死ぬつもりで薬を大量に飲み
半日後に目を覚ましたことや、
仕事の時間になっても起きられず、
遅刻してみんなに謝ったこともあったそうです。

それでも薬を勝手に調節していた
加賀谷さんは…

ついに
殺し屋(スナイパー)にライフル銃を向けられるという
恐ろしい幻覚に襲われたのです。

母親に助けを求めた加賀谷さん…

芸人の仕事を失いたくなかった
加賀谷さんでしたが、
母親から入院を勧められるのです。

こうして
人気絶頂だった
『松本ハウス』は、
1999年、
突如 活動を休止。

 

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待っていてくれた相方

 

入院した加賀谷さんは、
はじめの1ヶ月間は、
24時間監視の”保護室”と呼ばれる
一人部屋で過ごし、
その後 閉鎖病棟に。

大部屋に移ってから
ようやく元相方のことを
考えるようになり、
退院後3ヶ月して電話した
松本さんは
「まあ、のんびりやれよ」と、
言ってくれたそうで、
加賀谷さんは、
実家で引きこもり生活を送りながら
芸人復帰を夢見ていました。

 

一方、
突然コンビの仕事を失った
相方の松本さんは、
ピン芸人や俳優として活動。

2人は、
年に何回か電話で話していましたが
再会するまでには
5年もの年月がかかったといいます。

その後、
新薬を飲みはじめた加賀谷さんは
両親も驚くほどに回復。

 

30キロも増えた体重を戻すべく
毎日5時間歩き、
社会復帰するために
いくつものアルバイトを経験したといいます。

 

そして、
解散から10年経った
2009年、
加賀谷さんは
松本さんに電話をかけ
コンビを復活してほしいとお願いしたのです。

 

松本さんも
コンビを復活したいという気持ちが
ありましたが、
芸人の道は甘くない…
加賀谷さんが
また偏見や好奇の目で見られる事を
心配していました。

そこで、
松本さんは
まず自分のトークライブに
加賀谷さんを登場させたのです。

解散前と同様に
汗をかきながら笑いを取る加賀谷さんの
姿を見た松本さんは
コンビ復活を決めました。

2009年から
10年ぶりに活動を再開した2人。

彼らの復活ライブに訪れた、
多くのお客さんは
2人を温かく迎えてくれたそうです。

復活して2年ほどは、
JINRUIというコンビ名で活動していましたが、
2011年7月、
元のコンビ名に戻し活動。

服薬を続ける加賀谷さんは、
なんと、
闘病体験もネタにしているといいます。

また、
芸人の活動と並行して
講演会なども開催しているという2人は、
日本統合失調症学会などにも招かれ、
精神科医らに講演したことも。

これからも、
『松本ハウス』の2人が幅広い場で活躍されることを期待しています。

 

2013年に出版された2人の著書
『統合失調症がやってきた』には、
統合失調症という病に襲われた
ハウス加賀谷さんの半生と、
『松本ハウス』復活までの軌跡が
相方の松本キックさんの視点を交えながら
綴られていますよ。

 

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