久保豊年弁護士の評判は?【煙石博さん冤罪事件】の逆転裁判で注目!これまで担当した事件が気になる!!

      2018/05/10

 

 
2018年5月9日(水)に放送されるTBS『1番だけが知っている』

この番組では『行列のできる法律相談所』で人気の北村晴男弁護士が魂震えたという99.9%逆転不可能と思われた事件が紹介されます。

 

その事件とは元中国放送(RCC)アナウンサー煙石博さん(当時65歳)が広島市の銀行で他の客が置き忘れた封筒から現金6万6600円を抜き取ったとして窃盗罪に問われた事件。

煙石さんは、逮捕時から一貫して容疑を否認、無実を訴えていましたが、彼に下されたのは一審、二審ともに有罪判決でした。

 

しかし、逮捕から4年5カ月が経った2017年3月10日、上告審判決で最高裁(鬼丸かおる裁判長)は懲役1年、執行猶予3年とした一、二審判決を破棄。
煙石さんに逆転無罪を言い渡しました。

有罪の証拠とされた防犯カメラの映像の評価を一、二審が誤ったと判断されたのです。
 


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煙石博さん冤罪事件!あの証拠で一、二審が有罪になるの?

 

さて、日本の刑事事件における裁判有罪率(起訴された際に裁判で有罪になる確率)は99.9%
一旦起訴されると、ほぼ有罪が確定。
刑事事件を専門に扱う弁護士の数も極端に少ないため丁寧に検証することは極めて困難になるといいます。

また、最高裁では毎年2000件前後の刑事事件の判決が出ているそうですが、逆転無罪判決は1年に1、2件ほど。

99.9%逆転不可能だったこの事件、最高裁で無罪を勝ち取った煙石さんの弁護人のことが気になりますね。


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煙石さんの弁護人とは!?


 

最高裁で煙石博さんの逆転無罪を勝ち取った弁護士は、久保豊年(くぼ ほうねん)弁護士。

 

久保豊年 弁護士のプロフィール

 

昭和34年1月3日生まれ

広島城北高校、明治学院大学法学部法律学科卒

上八丁堀法律事務所(広島市中区) 所属

司法修習生の時には検事に憧れていたという久保弁護士ですが、特捜部以外の検事は直接捜査に介入しないことを知って事件とダイレクトに向き合える弁護士の道へ方向転換。

大学卒業後の1989年に弁護士登録。

2002年度に広島弁護士会副会長。
現在は、日弁連刑事弁護センター副委員長。

 

 

窃盗罪に問われた煙石さんの逆転無罪判決。

久保弁護士が煙石さんの弁護を引き受けたのは、広島地裁が有罪判決を下した後。
久保弁護士は最初の面談で煙石さんの冤罪を確信したといいます。

煙石さんが逮捕・起訴された理由ですが、被害者とされた女性の「封筒にお金が入っていた」という証言が事実と捉えられ、この女性が封筒を置き忘れた後の防犯カメラの映像が有罪の証拠となったから。

しかし、この防犯カメラの映像には煙石さんが封筒から現金を抜き取るような客観的な証拠映像は全くなく、これが証拠といえるのかと疑問に思ってしまいます。

封筒を置き忘れた記帳台に近づいた人物が煙石さんだけだったから、煙石さんが犯人だと推察されたということなのでしょう。

しかし、この”犯行を行えたのは煙石さんしかいない”という消去法的状況証拠、久保弁護士によれば「冤罪の温床になりかねない消去法は使ってはいけない手法」で、本来なら不起訴となる事件だったといいます。
 
 

 
逆転無罪判決後、久保弁護士は「逆転無罪は僕自身初めての経験弁護士としては嬉しかった」と述べていますが、その一方で100%冤罪が疑われた事件に4年半もの年月を費やしたことについて「司法にかかわる一員として煙石さんに申し訳ない気持ちでいっぱいだった」と複雑な感情も抱いたそうです。

 

警察の捜査や検察のチェック機能の甘さが招いたこのような冤罪事件が二度と起きないことを願いますね。


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久保豊年弁護士が担当した事件


 

久保豊年弁護士は、企業のM&Aを中心にした商事事件を主軸に民事事件や刑事事件もこなす敏腕弁護士。

ここからは、久保弁護士がこれまで取り扱った刑事事件について調べてみました。

 

久保豊年弁護士が担当した事件ですが、
・福山独居老人強盗殺人事件
(1992年)
・広島女児殺害事件
(2005年)
・東広島ウイークリーマンション殺人事件
(2007年)
・マツダ工場暴走事件
(2010年)
…など広島では有名な事件ばかり。

 

 

福山女性強盗殺人事件

 

1992年3月29日広島県福山市の山中で起きた高齢女性強盗殺人事件
 

強盗殺人罪で無期懲役刑を受け仮釈放中だった男 西山省三がパチンコ等で金融業者から借金を重ね返済に窮し、仕事仲間の男(一、二審で無期懲役が確定)と共謀。

顔見知りの一人暮らしの女性(当時87歳)を殺害して金品を奪おうと計画。

女性をドライブに誘い山中に連れ込んで殺害、遺体を遺棄。

西山は女性を殺害後、この女性のバッグから現金や預金通帳などを奪い、その後、金を引き出している。

この事件の全般にわたって主導的役割を果たし、犯行当時、無期懲役刑の仮釈放中だった西山被告に対し死刑を適用することの是非が刑事裁判で争点となった。
第一審、控訴審とも、無期懲役判決を受けたが死刑求刑に対する無期懲役判決を不服として検察側が最高裁判所に上告。
無期懲役判決破棄、高裁差し戻しの判決を受けた。
その後、差し戻しを受け再度審理した広島高裁で検察側の求刑通り死刑判決が下されたが、死刑判決を不服として最高裁に上告。
最高裁は「仮釈放後2年余の事件で被告の反社会性、犯罪性は顕著。刑事責任は極めて重い」と被告側上告を棄却し死刑が確定。

 
 
 

広島女児殺害事件

 

2005年安芸区で帰宅途中の女子児童がペルー人の男に殺害された小1女児殺害事件
 

2005年11月22日午後
下校途中の女子児童(当時7歳)が学校を出てから行方不明となり、その後、広島市安芸区の空き地に放置されていた段ボール箱の中から遺体となって発見された事件。

死因は絞殺による窒息死で、推定死亡時刻は午後1時から午後2時。
遺体の下半身には性的暴行の際に受けたと思われる指で傷つけられた痕跡が存在し、頬には涙の跡があった。

広島県警はアパートに住むペルー国籍の男 ホセ・マヌエル・トレス・ヤギ被告が下校していた女児に話しかけ自室に連れ込んで殺害したなどとして逮捕。

広島地検はヤギ被告を殺人、強制わいせつ致死、死体遺棄、出入国管理法違反(不法入国)で起訴。

2010年、広島高裁の差し戻し控訴審判決で無期懲役が確定。

 


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東広島ウイークリーマンション殺人事件

 

2007年5月、東広島のウイークリーマンションで会社員の女性が他殺体で見つかった事件。

 

2007年5月4日 東広島市西条町下三永の短期賃貸マンションで、会社員 池田美穂さん(当時33歳)が他殺体で見つかった事件。

遺体は頭部を執拗に殴打され、水のたまった浴槽に頭から上半身を突っ込んだ状態で発見されており死因は外傷性ショック死。

池田さんは同年4月29日から行方がわからなくなっており、5月3日に家族が東広島警察署に捜索願を出していた。

このアパートは4月26日から2週間の契約で借りられていたが家族は誰もそのことを知らなかった。

県警は顔見知りの犯行とみて捜査。
そして、事件発覚から2週間後の5月17日、殺人の容疑で逮捕されたのは広島市南区向洋新町のコンビニ店経営の男I(当時51歳)。

Iはコンビニを経営しながら副業で探偵業を営んでおり、池田さんが行方不明になる1週間前から池田さんの交際トラブルの相談にのっていたとされ、死亡推定時間とみられる4月29日夜にアリバイがないことなどから任意同行し事情を聞いていた。

Iは4月29日夜、東広島市西条町下三永のマンションの室内で池田さんの顔を殴るなどして暴行を加え殺害した容疑で逮捕されたが一貫して容疑を否認。
その後、Iは殺人罪で起訴されている。

さらに検察側は池田さんが行方不明になった事件当日に現金146万円を所持していたはずであるとして、Iを窃盗罪で追起訴している。
一方、弁護側は現金146万円については、Iは池田さんから現金100万円を預かっただけで盗んでいないと主張。

また、検察側は現場アパートの部屋で見つかった微量の血痕から検出されたIのDNAが犯行時に遺留したものだと主張しているが、弁護側はIが4月29日に池田さんと会い現場アパートに一緒に立ち入ったことは認めているが、池田さんは男性と別れた後で「別の第三者」に殺害されたと主張。
血痕から検出されたIのDNAも現場アパートに立ち入った時に残したものだとしながら、血痕からは池田さんのDNAも検出されていることから、血痕ではなく唾液などが遺留したのだと主張している。

裁判では無罪を求めて最高裁まで争ったが、第一審で懲役20年の判決を言い渡され、控訴審では殺人罪について殺意が否定され傷害致死罪が適用されたため懲役10年の判決が言い渡されている。
最高裁では上告棄却、その後異議申し立ても認められず懲役10年の判決が確定。
Iは現在、山口刑務所で服役中だが再審無罪を求めて広島高裁に再審請求書を提出している。

ところで この事件、動機が特定されていないことなどから冤罪ではないかという声も聞かれます。
気になるのは、Iは池田さんが行方不明になる1週間前から池田さんの交際トラブルの相談にのっていたという点。
池田さんは頭部を執拗に殴打され、水のたまった浴槽に頭から上半身を突っ込んだ状態で発見されていますが、このような凄惨な状況から推察できるのは顔見知りによる犯行で動機は怨恨。

しかし、Iは事件の1週間前に池田さんと会ったばかり。
また、池田さんは行方不明になった日、Iと会った後で交際トラブルの示談をする予定になっていたそうです。
Iはすぐに自分が疑われるかもしれないのに犯行に及ぶか?という疑問が残ります。
どちらかといえば交際トラブルから事件が起きるケースの方が多いですよね。
池田さんがどんな交際トラブルを抱えていたのかが気になります。

 

 

 

マツダ工場暴走事件

 

2010年6月22日、広島市南区と安芸府中町にまたがるマツダ本社工場で発生した無差別殺傷事件。
 

2010年6月22日午前7時35分ごろ
広島市南区仁保沖町のマツダ本社宇品工場の東正門前で乗用車に乗った犯人が2人をはね、その後も警備員の制止を振り切って敷地内に進入、周回して5人をはねた後、さらに社内橋東洋大橋で猿猴川を越え800m離れた本社工場にも侵入し4人をはねた無差別殺傷事件。
(工場の始業は午前8時15分で、事件の起きた時間は丁度、夜勤と日勤の従業員が入れ替わる時間帯だった)
 
この事件では12人が被害に遭い男性1人(当時39歳)が死亡、11人(当時19歳~50歳の男性)が重軽傷を負っている。
 
亡くなった男性は歩行帯付近を歩いて出勤していたところ背後から乗用車ではねられ、ほぼ即死。死因は延髄断裂。
 
犯行現場ではブレーキ痕がほとんど発見されておらず、犯行に使われた乗用車はフロントガラスが大きく破損しボンネットも変形していた。
 
その後、犯人は工場内を約10分間(距離 5km)を平均時速 約40kmで暴走し、7時45分ごろ南区大州の北門より逃走。
 
40分後、府中町畑賀峠(瀬戸ハイム上)で「わしがやった」と110番通報し駆けつけた警察官が殺人未遂罪及び包丁を隠し持っていたとして8時23分に銃砲刀剣類所持等取締法違反の疑いで現行犯逮捕した。(隠し持っていた包丁については取り囲まれた際の威嚇用だったと説明している)
 
逮捕されたのは広島市安佐南区上安二丁目に住む派遣社員 引寺利明(当時42歳)。
 
マツダによれば、引寺容疑者は2010年3月25日に6ケ月契約の期間社員として入社。
 
4月1日から同工場でバンパーの製造業務に当たっていたが14日に自己都合で退職していた。
 
現場は見通しの良い直線でブレーキ痕もないことから殺意があったと判断されたが引田容疑者が逮捕された同年6月22日から連日接見していた久保豊年弁護士は広島市で開かれた記者会見で、引田容疑者は「殺すつもりで(マツダに)行ったのではない」と一貫して殺意を否定。
「(結果的に)秋葉原の(無差別殺傷)事件を連想させるものになった。
 
なぜそうしたのか記憶がはっきりしない」と明かしていた。
 
また、犯行動機については「マツダで働いていたとき、複数の従業員に執拗な個人攻撃を受け精神的に追い詰められた」と供述。
 
マツダが嫌がらせを止めなかったので、マツダに恨みがあったとしているが、久保弁護士は「事件と合理的に結び付かず犯行に至った心理状態を解明する必要がある」として精神鑑定の実施を求めていた。(警察の捜査では嫌がらせの事実は確認できていない。)
 
 
度重なる精神鑑定要請が行われたため裁判の開始は大幅に遅れた。
 
2012年3月、広島地方裁判所は引寺被告の完全責任能力を認め求刑通り無期懲役の判決を下した。
 
この判決を受け被告は「マツダ従業員による嫌がらせが妄想と判断されたこと」を不服として控訴。
 
2013年3月、広島高等裁判所は「被告に殺意があり、完全責任能力があると認めた一審判決に不合理があるとは認められず法令適用の誤りもみられない」として、被告側の控訴を棄却。
 
2013年9月24日、最高裁は引寺被告の上告を棄却、一、二審の判決が確定

 

 

さいごに


 

今回、TBS『1番だけが知っている』で紹介される99.9%逆転不可能と思われた煙石博さんの冤罪事件。

今回は、最高裁で煙石さんの無罪を勝ち取った逆転裁判で注目された久保豊年弁護士について調べてみましたが、久保弁護士は、これまでも多くの有名な事件を担当されていました。

事件によっては、「こんな被告の弁護をするのか」と批判を受けることもあるんでしょうね。

改めて弁護士の仕事って大変だなと思いました。

 


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