小暮洋史の現在!事件後の目撃情報は!?

      2019/04/30

 

平成が終わるということで、各局で平成に起きた事件の特番が放送されていますね。
 
中には、容疑者が指名手配されながら未解決のままの事件もあります。
 
それは、平成10年、群馬町三ツ寺(現 高崎市)で一家三人の命が奪われた事件
 
容疑者の男は、ストーカーの末、相手女性の家族 3人の命を奪い指名手配されていますが、男の行方は依然としてつかめていません。
 

2019年4月30日(火)の平成最後の日、日本テレビ系『ザ!世界仰天ニュース』では、平成が終わる前に何とか犯人を捕まえたいということで、この事件が取り上げられます。
 
事件を風化させないためにも、犯人の特徴をテレビで放送し、生放送で目撃情報を募るというのは必要なことですね。
 
 
ここからは、平成10年に起きた決して忘れてはならない この事件の概要についてまとめました。
 


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事件概要

1998年(平成10年)1月14日

群馬県群馬町三ツ寺(現 高崎市)の電気工事業 石井武夫さん(当時48歳)宅で、石井さんと妻 千津子さん(当時48歳)、母親のトメさん(当時85歳)が殺害された。
 

 
武夫さんと千津子さんは胸や背中を数ヶ所刺され、石井さんの母 トメさんは首を締められて殺害されていた。
 
この事件は、すぐに容疑者の男が浮上。
 
男の名は小暮洋史(当時26歳)、群馬県前橋市内に住むトラック運転手で、石井さんの長女A子さんに好意を持ち、ストーカー行為を繰り返していた男だった。
 

 
 
自分につきまとっていた小暮洋史によって、父、母、祖母 最愛の家族3人を奪われてしまった石井さんの長女A子さんは、以前この事件を特集した『犯罪列島2013』という番組で小暮のストーカー行為や事件当日の真相について話していました。
 
 

ストーカー行為 ~ 残忍な犯行

 
トラック運転手だった小暮洋史は、事件の約2年前 1996年2月頃、A子さん(当時18歳)が働いていた高崎市内の薬局に荷物を搬入していた。

人付き合いが苦手だった小暮は、顔見知りになったA子さんに対し、一方的に好意を寄せるようになる。
 
無口で人見知りするタイプだったという小暮だが、A子さんに対しては積極的だったという。
 
小暮はA子さんの帰宅するのを待ち伏せ、名前と自宅を特定し電話帳などから電話番号を調べあげていたとみられ、A子さんの自宅にいきなり電話をかけては「俺誰だかわかる?」「いつがヒマ?」「遊びに行こう」としつこく誘ってきたという。
 
A子さんは小暮からの誘いを断り続けていたのだが…
 
 
ある日、A子さんは職場の同僚に誘われボーリングに行くことに。
 
しかし、同僚が声をかけた男性メンバーの中に、あの小暮もいたのだった。
 
小暮はボーリング中、じっとA子さんのことを見てきて「今度は2人でどっかに行こうよ」と誘ってきたという。
 
 
やがてA子さんの自宅にまで姿を見せ始めた小暮は、数回にわたり車でA子さんを付け回したり、自宅に何度も電話するなどのストーカー行為を繰り返すようになる。
 
A子さんが出なければ常に無言。
繰り返される無言電話は深夜にまでおよんだという。
 
そして、誘いに応じないA子さんへの想いを募らせた小暮の行動は、次第にエスカレート。
 
A子さんは不安を覚え、車で通勤するようになる。
 
だが、ある日仕事を終えて車に戻ると小暮からの手紙が置いてあった。
 
「石井さんへ
今日、仕事終わったら会えないかな?
何時でもいい。
待ってるから。
小暮」
 
そして、その背後には小暮の姿が!
 
A子さんが「話って何?何が言いたいの?」と聞くと、小暮は「もういいよ」と言ったという。
 
A子さんが「手紙とかもうやめてください」と言って車を置いて逃げると、小暮は車で追いかけてきたという。
 
これがA子さんが事件前 最後に見た小暮の姿だった。
 


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A子さんは小暮のことを「何をするかわからない怖さ、この人何かするんじゃないか」と思っていたという。
 
 
事件の10日前小暮は勤務していた運送会社を辞めている。
 
この日は1月4日で仕事始めだったが、会社の掲示板には「辞めます」と一言だけ書いたメモがあったという。
 
退職の理由などは明かされていない。
 
 
事件直前には、石井さん宅前に車を停めて、家の中の様子をうかがっている小暮の姿が頻繁に目撃されている。
 
 
1998年1月14日 午後7時頃、小暮はA子さんの家に侵入。
 
このとき家にいたA子さんの祖母トメさんを殺害。
 
その後、帰宅した千津子さんを殺害した。
その日は千津子さんの48回目の誕生日だったという。
 
続いて午後8時半頃、帰宅した武夫さんを殺害している。
 
小暮は家の中で待ち伏せし、2時間たらずの間に3人の命を奪ったのだ。
 
小暮はトメさんの遺体を階段下に、武夫さんと千津子さんの遺体は風呂場の浴槽に隠していた。
 
そして驚くべきことに、小暮は3人を殺害後も石井さん宅に居座り、外出中のA子さんが帰宅するのを玄関で待ち伏せしていた。
 
事件から約2時間後の午後9時頃、外出していたA子さんが帰宅。
母 千津子さんの誕生日を祝おうと帰宅したA子さんだったが、玄関で待っていたのは小暮だった。
 
小暮はA子さんに襲いかかり、玄関脇の部屋に押し込んだのだった。
 
A子さんによると、小暮はいつもA子さんが帰ってくる時間を知っていた口ぶりで、事件当日も「今日帰りが遅かったね」と言ったという。
 
午後10時40分頃、小暮はA子さんに危害を加えることなく出て行き、車で逃走。
 
この後、A子さんは小暮による凶行の全てを目の当たりにしたのだった。
 
 


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小暮洋史の現在!足取りは?

事件の翌日1月15日
群馬県警は石井さんの長女につきまとっていた元運転手 小暮洋史容疑者を殺人容疑で全国指名手配し行方を捜査。
 
事件後、小暮容疑者は黒の乗用車 日産「シルビア」(群馬33も8670)に乗り、国道50号線を水戸市方面に逃走したことがわかっている。
 
乗用車は事件から1週間後の1月21日深夜に群馬県太田市や埼玉県妻沼町(現 熊谷市)で目撃されているが、その後の足取りは途絶えている。
 

 
事件後、県警には多くの情報が寄せられたが、有力な目撃証言はなく、未だ小暮洋史の行方は不明のまま、逃走車両も見つかっていない。
 
 

小暮洋史は今もどこかに潜伏しているのか、それとも…

小暮に関しては、小暮名義の銀行口座に全く動きがないことや、逃走車両が見つかっていないなどの理由から、海や河川、池や沼などに身を投げたとされる自殺説も囁かれている。
 
群馬県警は、逃走車両ごと自殺を図った事を視野に入れ、群馬県内外の湖や沼を捜索しているが見つかっていない。
 
 
この事件は、2007年11月1日、逮捕に結びつく情報に最大300万円が支払われる公的懸賞金(捜査特別報奨金)の対象事件として告示されている。
 

警察庁指定重要指名手配被疑者
小暮洋史


 
昭和44年7月31日生まれ
 
身長170センチ前後。
痩せ型で面長。
 
関係者の聞き込み捜査から、小暮容疑者は爪を噛んだり手のニオイを嗅ぐクセがあったという。
 
現在49歳の小暮洋史
予測した似顔絵がこちら


 
※ 犯人の情報は群馬県警察本部まで
 
 

さいごに

自分を狙う小暮洋史によって、父、母、祖母 最愛の家族3人を奪われてしまったA子さん。
 
この事件を特集した『犯罪列島2013』で、A子さんは「当時は怖くて、両親と祖母がなんで家にいないのだろうと、頭が真っ白な状態がずっと続いた」と話していました。
 
A子さんは、自分さえいなければ家族は生きていたのではないか…と、自殺すら考えたといいいます。
 
それでも踏みとどまったのは、愛してくれた両親たちのため。
 
そう思えるようになるまでは、長くつらい日々だったといいます。
 
事件を風化させないため、そして事件を乗り越えたいと、A子さんは自分を支えてくれたお兄さんとともに惨劇の舞台となった家に事件後初めて足を踏み入れていました。
 
生涯癒えることのない怒りと悲しみ。
全てを抱えながらA子さんは亡くなった家族のために生きようとしていました。
 
A子さんのためにも、一刻も早い事件の解決を願わずにはいられません。
 
そして被害者のご冥福をお祈りします。
 


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