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ジョンベネちゃんの父親は現在! 独自捜査をしていた!?

      2017/09/15

 

2016年7月27日(水)の
フジテレビ
『世界の何だコレ!?ミステリー』で
1996年に起きた
ジョンベネ事件が紹介されました。

 

1996年、
アメリカ コロラド州で
6歳の美少女
ジョンベネ・ラムジーちゃんが
殺害されたというニュースは、
世界中を駆け巡りました。

 

ジョンベネちゃんは、
美少女コンテストで
グランプリを
何度も獲得。
 


ジョンベネちゃん

 
 

また、
父親のジョンさんは
コンピュータ関連会社の社長、
ラムジー家は
大変裕福な家庭で
母親のパトリシアさんは、
美人コンテストの
優勝経験者でした。

 

当時、
アメリカでは、
多くのメディアが
セレブ美少女が惨殺された
この事件を
センセーショナルに報じました。
 

 

この事件は早期解決すると思われていましたが…
決定的な証拠がないまま捜査は難航、
数多くの犯人像が浮かび、
時に、
家族が犯人として疑われたことも
ありました。

 

そして、
事件から10年経った
2006年8月16日、
ジョンベネ事件の容疑者
(元教師の米国人男性)が
タイ バンコクで逮捕されたことで
再びこの事件が
クローズアップされましたが、
DNA鑑定の結果、
この男性は
事件とは無関係であることが判明。

 

ジョンベネちゃんが殺害されてから
20年経ちますが、
未だ事件は解決していません。

 

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ジョンベネ殺害事件概要

 

1996年12月26日 午前5時52分、
アメリカ コロラド州ボルダーにある
自宅の地下で
ジョンベネ・ラムジーちゃん(当時6歳)が
遺体となって発見された。

 

事件現場のラムジー家

 

【事件前夜】

25日の夜、
ジョンベネちゃんと家族は、
友人らとクリスマスパーティーに出席。

 

一家はパーティーが終わると
自宅へ戻り、
ジョンベネちゃんが
車の中で眠ってしまっていたため、
父親のジョンさん(当時53歳)が
抱きかかえて
2階のジョンベネちゃんの部屋のベッドまで
連れて行ったという。

 

【翌朝】

自宅の階段に、
犯人からのものと思われる
脅迫状が置かれてあり、
ジョンベネちゃんの母親
パトリシアさん(当時39歳)が発見。

 

ジョンベネちゃんの姿が見えないことから
パトリシアさんは、
「15番街の755番地です。
子供が誘拐されたんです。
急いで!お願い!…
メモ(脅迫状)が残されていて…
娘がいないんです」と、
911に通報した。

 

実は、
この4ヵ月前、
父親のジョンが家のカギをなくし、
地下室の窓ガラスを割って中に入ったことがあったが、
人目につかなかったためか
地下室の窓は修理されていなかった。

 

また、
屋敷には、防犯システムが設置されていたが、
この日、ジョンさんはスイッチを入れるのを
忘れていたのだった。

 

そのため、
犯人は地下室の窓から侵入したと思われた。

 

置かれていた脅迫状は、
手書きで合計3枚、
自宅のキッチンにあった
メモ用紙に書かれ
「警察には連絡するな。
午前8時から10時ごろ連絡する。
警察に連絡したら娘を殺す。
金を用意しろ」という内容だった。

 

発見された脅迫状

 

 

身代金を要求する脅迫状が
残されてあったことから
ジョンベネちゃんが
誘拐されたものと思われたが、
脅迫状で指定された時間を過ぎても
犯人からの連絡はなく、
捜査官は、
父親のジョンに念のため
家の中をチェックしてみてほしいと依頼、
再度、
家中を探した結果、
まだ探していなかった地下室で
白い毛布にくるまれた
ジョンベネちゃんの遺体が
発見された。

 

ジョンベネちゃんの遺体は、
すでに死後硬直が進み
頭部には打撲傷があった。

 

口は粘着テープで塞がれ
首には絞殺につかった紐が巻かれており、
締め付けやすくするためか
紐の端には木片が結ばれていた。

 

検死の結果、
ジョンベネちゃんの頭蓋骨は大きく損傷、
骨折は鼻筋から後頭部にまで及んでおり、
打撃を与えたのは
体力のある大人の可能性が強まった。

 

また、
頭部の傷は、
キッチンにあった懐中電灯と
形が似ていたため
凶器は懐中電灯の可能性が高いと考えられたが、
おかしなことに
表面には指紋が一つもなかったという。

 

殺害現場の特定はできなかったが、
ジョンベネちゃんの首に巻かれてあった
紐の端につけられた木片について
極めて重要な事実が判明。

 

遺体が発見された地下フロアには、
母親とジョンベネちゃんが
絵を描くスペースがあり、
そこにあった道具入れから
折れた絵筆が発見されたのだ。
 

 

そう、
紐に結ばれていた木片は
絵筆を折ったものだった。

 

また、
検視の結果、
ジョンベネちゃんの下半身には
暴行を受けたような
かすり傷があることも判明した。

 

 

容疑者扱いされた両親

 

この事件で
警察は
ジョンベネちゃんの両親を
疑った。
 

 

両親が疑われた理由はいくつかある。

 

【疑われた理由 ①】

犯行当時、
外は雪が積もっていたのに
外部の侵入者のものと思われる足跡や
侵入の形跡もなかったことから
警察は外部の犯行ではなく、
両親の犯行として
捜査を進めた。

 

【疑われた理由 ②】

ラムジー家にあった
レポート用紙の破り取られた部分と
脅迫状に使われた用紙の破り取った部分が一致、
さらに、
この脅迫状は
ラムジー家にあったペンで書かれていたことも判明。

 

当時、
FBIのプロファイラー
グレッグ・O・マクラリー氏は、
脅迫状の異様さについて
「犯人は用意した脅迫状を残して
すぐに出ていくものだ…」と
述べていた。

 

つまり、
現場にあった紙とペンで脅迫状を書くことは
ありえない…
家の中の人間が脅迫状を書いたと推測されたのだ。

 

そして脅迫状の筆跡について…

父親のジョンさんとは完全に違うとされたが、
なんと、母親のパトリシアさんのものと
酷似していたのだった。

 

 

【疑われた理由 ③】

父親のジョンさんは、
コンピューター関連会社の社長を務め
年間の売上高は
10億ドル(当時の日本円で約1200億円)だが、
要求された
身代金の金額(11万8千ドル)が
大富豪の一家には少額すぎる点。

 

そして、
要求額が
ジョンさんのボーナスの金額と
ほぼ同じ額だったことから、
警察は、
ラムジー家の内情に
詳しい者の犯行とみていた。

 

これらの不審点から
警察はジョンベネちゃんの両親の関与を疑った。

 

さらに、
家の内部の人間で
性的虐待をする可能性があり、
かつ、体力のある大人…
そう、
父親のジョンに疑惑の目が向けられたのだった。

 

こうした証拠から
捜査当局は、
ジョンベネちゃんは
父親による虐待によって命を落とし、
母親が夫の犯行を隠すため
外部の犯行に見せかける
偽装工作を行った可能性があると推測、
事件から約4ヵ月後の
1997年4月18日、
ジョンベネちゃんの両親が
容疑者リストの筆頭にあると発表した。

 

容疑をかけられた
ラムジー夫妻は
徹底抗議を表明、
弁護士を雇い、
事件後、何ヶ月もの間
警察に捜査協力することはなかった。

 

当時、
メディアも
この事件を大きく取り上げ、
大富豪の父親が
わずか6歳の娘に
おぞましい虐待をしたのでは…と
噂する
ゴシップ週刊誌も多くあった。
 


 

 

両親の潔白照明

 

遺体発見現場には、多くの証拠品が残留。

 

早期解決すると思われた事件でしたが、
当時の捜査技術では
犯人を特定する証拠は発見できませんでした。

 

また、
警察は、
両親を犯人として捜査を進め、
事情聴取したり、
嘘発見器にかけたりしましたが
状況証拠はあっても、
両親がジョンベネちゃんを
殺害したと示す物的証拠は何もなく、
決定的な証拠が得られないまま
1988年、
事件は大陪審へ持ち込まれ、
両親を起訴するかを
決めることになりました。

 

大陪審とは…
有罪無罪を決定する陪審員と違い、
事件を起訴するかどうかを決める
陪審員のことで、
容疑者が死刑になるような事件や
社会的影響の大きい重大事件のみ、
結成されます。

 

 

大陪審は、
1年かけて
ラムジー夫妻の起訴を検討しましたが、
1999年に出された結論では、
両親は起訴されませんでした。

 

ジョンベネちゃん殺害事件の捜査は
2002年、
地元警察から
ボルダー郡の司法当局によって
結成された
特別調査チームに引き継がれました。

 

そして、
事件から7年経った
2003年12月、
ジョンベネちゃんが死亡当時
履いていた着衣に付着していた血液から
犯人のものと思われる
DNAの採取に成功。

鑑定の結果、
そのDNAは両親のものとは一致しなかったのです。

 

新たなDNA検査の結果、
ジョンべネちゃんの両親の
潔白が証明され警察は正式に両親に謝罪。

 

その後、事件解決に向け
約160人の容疑者を挙げたが、
犯人逮捕には至りませんでした。

 

そして、

2006年6月、
長い間、
ガンと闘っていたという
パトリシアさんは、
事件解決を見ないまま
この世を去っています。

 

この事件について再び動きがあったのは、
2006年8月16日、
ジョンベネちゃん殺害事件の容疑者として
元教師の米国人男性が
タイ バンコクで逮捕されたのです。
 

しかし、
8月末に出たDNA鑑定の結果、
ジョンベネちゃんの
着衣に付着していたDNAは、
この容疑者のものと
一致しませんでした。

 

そのため、
この男性が、
ジョンベネちゃん殺害事件とは
無関係であることが判明、
訴追を断念したのです。

 

その後、
ジョンベネちゃん殺人事件は
未だ有力な容疑者が現れないまま…
 

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出版された暴露本

 

そんな中、
新たな動きがあったのは、
事件発生から16年後の2012年。
事件の元捜査官が老後の貯金の大半を費やし
捜査内容を暴露する書籍を出版したのです。

 

そこには新たな事実が書かれていました。

 

【新事実 ①】

捜査が進む中、
犯行の異様な状況を推測させる証拠も
発見された。

ジョンベネちゃんの口を塞いでいた
粘着テープから
事件当時、
母親のパトリシアさんが着ていた
赤いセーターの繊維が検出されている。

 

【新事実 ②】

事件当夜、
ジョンベネちゃんはベッドを抜け出し
兄バークくんと一緒に
地下室でお菓子を食べていた。
(パイナップルを食べていたという説もある)

 

ジョンベネちゃんの寝室

 

その地下室は、
ジョンベネちゃんの遺体が発見された場所だった。

 

 

【新事実 ③】

ジョンベネちゃんの身体に
2つの傷跡があったのだが…

当初スタンガンの痕と思われていたが、
兄の部屋にあった玩具(レール)の突起部分の幅が
ジョンベネちゃんの身体の傷の幅と一致。
 

 

 

【新事実 ④】

事件当日、
母親が警察に通報した時、
兄は寝ていると話していたが、
通話を記録していたテープに
寝ているはずの兄の声が録音されていた。

 

この本を出版した元捜査官は
次のように主張しています。

「外部犯行はありえない。
内部の犯行だと断言できる。
容疑者の見当はついているが、
誰かの告白がない限り
事件は解決しない」

 

誰かの告白…の誰かとは
一体、誰のことをさしているのでしょうか。
 

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ジョンベネちゃんの父 ジョンさんが事件を独占告白

 

2016年になった現在も未解決のままの
この事件。

 

しかし、
アメリカでは凶悪犯罪に時効はないため、
ジョンベネちゃんの父親
ジョンさん(72歳)は、
ジョンベネちゃんの母親が
他界した現在も独自の調査を続行。

 

そして、
事件の真実に迫る
新たな進展があったといいます。

 

『世界の何だコレ!?ミステリー』では、
かつて疑いをかけられた父親
ジョンさんを取材。

ジョンさんは現在
アメリカ ミシガン州 シャールボイに住んでいました。
 

 

 

ジョンさんのもとには
今でも
多くの人たちが情報を送ってきてくれるそうで、
中には重要な手がかりもあることを
明かしていました。

 

番組では、
元捜査官の暴露本にあった
家族犯人説についてジョンさんに質問していました。

 

元捜査官が暴露した
ガムテープから
母パトリシアさんの洋服の繊維が見つかった点について

ジョンさんは、
「そもそも彼は私たちの話を何も聞いていない上に
ボルダー警察の捜査結果に反している。
彼の本は事実に基づく本ではなく、
彼個人の意見にすぎない。
警察も彼の本に異論を唱えているよ」と答えていました。

 

ジョンさんによれば、
本に書かれている証拠自体が警察に存在しないというのです。

 

 

続いて、
兄バークへの疑惑については、
「息子は事件のあと、
ボルダー警察の取り調べを受けています。
2日間にわたる取り調べを受け、
この事件に関して
何も知らないという結論がでました。
容疑者リストから外れているんです」と
答えていました。

 

これまでマスコミや警察から
ひどい仕打ちを受けてきたというジョンさん。

しかし、
街の人々が優しい声をかけてくれ
力づけられたと明かしていました。

 

これからも、
(ジョンベネちゃんのためにも)
犯人を見つける事が
自分の人生の目的だと話すジョンさんは、
私立探偵を雇い
ジョンベネ殺害事件の
独自捜査を続けていたのです。

 

そして現在、
容疑者を5人まで
絞ることができたことを
明かしていました。

 

ジョンベネちゃんの命を奪った犯人は誰なのでしょうか。

そして、
この事件は この先 どのような展開を見せるのでしょうか。
 
 

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