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市橋達也 オーハ島での逃亡生活 【リンゼイ・アン・ホーカーさん事件】

      2017/07/03

 

2016年9月28日(水)に放送された
日本テレビ
『衝撃ニュース 追跡リサーチ
調べてみたら驚いた!』
~市橋達也の逃亡ルート
再検証で見えてきた真実~で
リンゼイ・アンホーカーさん殺害事件が
紹介されました。

 

この事件は、
2007年3月
千葉県市川市のマンションで、
英会話講師の英国人女性
リンゼイ・アン・ホーカーさん
(当時22歳)の
遺体が見つかった事件。

 

 

リンゼイさんの尊い命を奪った市橋達也は、
顔の整形手術を受け、
2年7ヶ月もの間、
逃亡していましたが、
2009年11月10日
大阪市内で発見、
逮捕されました。


市橋達也

 

 

 

市橋達也といえば、
顔の整形手術、
沖縄の離島に長期間潜伏するなど
逃亡生活が話題になりましたが、
市橋は、
潜伏していたオーハ島で、
どんな生活をしていたのでしょうか。

 

今回、
『衝撃ニュース 追跡リサーチ
調べてみたら驚いた!』では、

なぜ、
市橋達也が2年7ヶ月も逃げ通せたのか…
市橋の逃走ルート、
その行動と逃走心理について
再検証していました。

 

 

事件概要

 

2007年3月26日

英会話学校講師
リンゼイ・アン・ホーカー
(Lindsay Ann Hawker)さんと同居していた
女性から
リンゼイさんが
帰宅しないとの相談を受けた
千葉県警船橋警察署員が
被害者宅を捜索したところ、
市橋達也(当時28歳)という男の
電話番号やメールアドレスなどが
書かれたメモを発見。

 

26日午後9時40分ごろ

捜査員が
千葉県市川市にある
市橋達也宅のマンションに急行、
職務質問し
部屋に入ろうとしたところ、
市橋は逃走。

ベランダに置かれた浴槽からは、
園芸用の砂に埋まった
リンゼイさんの変わり果てた姿が発見された。

 

司法解剖の結果、
死因は頚部を圧迫したことによる
窒息死と判断された。

 

 

沖縄 オーハ島に潜伏

 

市橋容疑者は、
2009年11月10日、
約2年7ヵ月ぶりに
大阪市内で発見、
逮捕されたが、
今回、
『衝撃ニュース 追跡リサーチ
調べてみたら驚いた!』では、
なぜ、
市橋達也が2年7ヶ月も逃げ通せたのか、
市橋の逃走ルート、
その行動と逃走心理について
再検証していました。

市橋は、
長期間潜伏していた
沖縄の離島で
どのような生活を
送っていたのでしょうか。

 

 

子供の頃からプライドが高かったという
市橋は、
医学部志望だったが
4浪して挫折。

市橋の祖父は園芸店を経営しており、
祖父と同じ園芸の道を目指し
千葉大 園芸学部卒業したが、
留学を志望、
結局、就職しませんでした。

 

事件当時、
市橋は、
親族名義の3LDKのマンションで
一人暮らし。

仕事はしておらず、
生活費は医師である親が
送ってくれていたといいます。

 

そして、
市橋は事件を起こして逃走。

2011年1月26日に出版された、
市橋達也の逃亡手記
『逮捕されるまで
~空白の2年7ヵ月の記録』
(幻冬舎)では、

事件発生直後から
市橋が
日本中を逃避行していたことが
綴られていました。

事件発生直後は、
青森、東京 秋葉原
埼玉、静岡、
新潟にも潜伏、
お遍路回りで
四国全県を回ったこともあったといいます。

 

コンビニや駐車場の防犯カメラを
巧妙に避け、
逃走した市橋が
まず辿りついたのは、
青森でした。

手記によれば、
ここでホームレスになり
身を潜めようと考えていたといいます。

 

しかし、
ようやく決めた寝ぐらも…
4月の青森の気温は、
時に氷点下。

これまで親の金で生きてきた
市橋につきつけられた現実でした。

まずは働かなければならない…

働くためには、
まず顔を変えなければと考えた市橋は、
特徴的な下唇を
自ら切ったといいます。

 

その後、
市橋は大阪などで働いた金を貯め、
沖縄 久米島近くの離島で
潜伏生活を送っていたことが
明らかになっています。

 

大阪や兵庫などで、
土木建築作業員として
合計2年以上
働いていたという市橋が
潜伏先の一つにしていたのは、
沖縄本島の西に位置する
約100キロの久米島沖合にある
オーハ島でした。

 

周囲 約2.7キロ、
面積0.37キロ平方メートルの
オーハ島に
当時、
居住していたのは、
70歳代の男性1人だけで、
市橋は、
密林地帯にある
コンクリートブロックの小屋に潜伏。

 

逃走中、
市橋被告は
この島を少なくとも4回は訪れ
(1回の訪問につき数ヵ月間 滞在)
持ち込んだ食料や、
海で釣った魚、
時に、
捕獲したヘビなどを食べながら
自給自足の逃亡生活を送っていたといいます。

 

2011年1月23日
千葉県警は、
捜査員をオーハ島に派遣、
小屋の残留物を証拠品として
押収しています。

 

 

逃走中に顔の整形手術

 

市橋容疑者といえば、
逃走中、
名古屋の病院で
顔の整形手術を受けていたことが
明らかになっています。

2009年10月24日に
市橋容疑者とみられる男の
鼻の整形手術をした
名古屋市の美容形成外科医院が
捜査当局に連絡。

県警は、
骨格などから市橋と断定し、
11月5日、
顔写真を公開しました。

 

指名手配の顔写真は、
美容形成外科医院が提供した
整形後の顔写真に
差替えられました。


左が整形前 右が整形後

 

整形した市橋の顔は、
一重まぶたが
二重になっているほか、
左頬にあったホクロはなくなり
鼻も高くなっています。

また、
印象に残る厚ぼったい下唇は、
市橋が自ら切り
薄くなっていました。

通報した
名古屋の美容形成外科医院によると、
市橋容疑者は、
この美容形成外科医院に
事前に電話予約し、
10月24日に鼻の手術を行ったといいます。

 

手術前、
市橋容疑者はすでに
まぶたや、
ほくろの除去などの整形手術を
受けていたため
実際の施術にあたっては
市橋容疑者だとは
全く気付かなかったといいますが、
手術後にカルテの整理をしていた担当医が
ホクロを除去した跡がうっすら残っている
市橋容疑者のカルテ写真を不審に思い
通報しています。

 

 

建設会社からの通報

 

逃走中、大阪や兵庫などで、
土木建築作業員として
合計2年以上
働いていたという市橋。

2008年2月29日から6月26日までの間、
市橋容疑者とみられる男が
”井上”という偽名を使い
神戸市北区の建設会社に勤務。

神戸市の建設会社によると、
この男は、
2月28日に
大阪市西成区で作業員を集めていた
同社関係者に近づき
働きたいと話してきたといい
寮に住み込みで
働くことになった この男は、
黒縁眼鏡姿で長髪を後ろに束ね、
年齢は28歳と言っていたそうです。

 

男は、
毎日(雨天除く)、
京都府舞鶴市の工事現場などに
同僚が運転する
マイクロバスで仕事に出かけ、
礼儀正しく仕事ぶりもまじめだったが、
同僚らと積極的に交流することはなく、
休日は、
3.5畳の自室で漫画を読むなどして
過ごしていたそうです。

 

その後、
同年8月20日から10月10日まで、
同じ偽名を名乗る男が
大阪府茨木市内の建設会社に
勤務していたことが
明らかになっていますが、
報道で
市橋の整形後の顔写真を見た
大阪の建設会社が警察に通報しています。

 

 

逮捕

 

この事件は、
2007年6月に
報奨金を国費でまかなう
「捜査特別報奨金制度」の対象事件に
指定されており、
逮捕の協力者に
報奨金 計1千万円を支払うことになっていました。

 

当初、
100万円だった報奨金の額は、
制度上限の1千万円に
引き上げられており、
2009年11月5日に
千葉県警が市橋被告の
整形手術後の写真を公開して以降、
逮捕されるまでに
約2千件の情報が寄せられたといいます。

 

そして、
逮捕の直接の決め手は、
大阪 住之江区のフェリーターミナルで
市橋に似た男をを確認した
フェリー会社の男性からの110番通報でした。

 

2009年11月10日、
神戸市東灘区の六甲船客ターミナルで、
フェリー会社の従業員が、
沖縄行き航路に搭乗しようとしていた
乗客の中に
市橋達也に似た不審な男性を発見。

 

出航日でなかったため
大阪南港フェリーターミナルから
別の船に乗ろうとした市橋だったが、
先回りし待機していた警察官により
身柄を確保され、
移送された大阪府警住之江署で逮捕されました。

約2年7ヵ月にわたって逃走を続け、
2009年11月10日、
大阪市住之江区で発見され
死体遺棄容疑で逮捕された
市橋達也 容疑者。

 

2009年12月2日、
行徳署捜査本部は、
市川市のマンション自室で
リンゼイさんを乱暴した上、
首を絞めて殺害した疑いで
市橋容疑者を再逮捕し、
千葉地検は、
死体遺棄罪で同容疑者を起訴しました。

発表によると、
市橋容疑者は
2007年3月25~26日に、
自宅マンションで
リンゼイさんの顔などを何度も殴り、
結束バンドと粘着テープで
両手首などを縛ったうえ、
暴行を加え、
首を絞めて窒息死させた疑いがあり、
リンゼイさんの遺体からは、
体液が検出され、
市橋容疑者のDNA型と一致。

 

捜査関係者によると、
2007年3月21日、
市橋容疑者が
千葉県船橋市の
JR西船橋駅近くで
リンゼイさんに声を掛け、
英会話の個人授業の約束を取り付け、
25日に
市川市内の飲食店で会った2人は、
タクシーに乗り
市橋容疑者宅へ向かったといいます。

 

マンションの防犯カメラの映像などから、
市橋容疑者と
リンゼイさんが一緒に
マンションの防犯カメラに映っており、
2人がマンションに入ってから
市橋容疑者が警官を振り切って
逃走するまで、
別の人物が室内に
出入りした可能性はないと判断。

 

リンゼイさんの遺体や
現場の状況などから
市橋容疑者が
暴行目的でリンゼイさんを襲って殺害、
ベランダに置かれた浴槽の中に
遺棄したとみて、
起訴後の裁判員裁判で
犯行動機を明確にしたうえで、
殺害までの経過を裏付けるために、
両容疑での逮捕に踏み切ったといいます。

 

県警の記者会見では、
捜査一課長が、
「現場周辺の聞き込み、
現場の鑑識などの捜査を
積み上げた結果だ」としたうえで、
殺害が暴行と密接して行われたと
判断したと、
殺人と強〇致死の二つの容疑で
立件した理由について説明していました。

 

一方、
逮捕されてから、
県警や地検の取り調べに対し、
黙秘を続けてきた
市橋容疑者は、
千葉刑務所の拘置施設で
再逮捕を知らされ、
「はい、分かりました」と
小さい声で応じたが、
容疑については無言のまま
何も話さなかったといいます。

 

しかし、
その後、
接見した弁護人への取材で

市橋が
「暴行後、
手足を縛って監禁したが、
騒がれたので
首に腕を巻き付けたら死んだ」

「殺すつもりはなかった」と説明、
殺意は否定していました。

 

 

裁判

 

2011年7月21日に
千葉地方裁判所で行われた一審

 

市橋被告に対し
検察側の求刑通り
無期懲役の判決が言い渡されました。

 

同年8月2日

市橋被告の弁護側は
東京高等裁判所に控訴。

 

2012年3月15日
東京高等裁判所で
控訴審初公判が開廷され、
被告人側が殺意を否認する
弁論を行ったのに対し、
検察側は一審の無期懲役判決を維持して
控訴を棄却するよう求める陳述を
行いました。

 

同年4月11日、
東京高等裁判所は
「被告人に真摯な悔恨が見られない」
などとして、
一審の千葉地方裁判所の無期懲役判決を
支持して被告人の控訴を棄却。

 

同年4月25日の上告期限まで
検察・弁護側双方が上告せず
判決が確定しました。

 

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