福岡大学の学生がヒグマに襲撃された事件!生々しい体験が綴られたメモ !!

      2018/09/16

 

2016年8月28日(日)に放送されたテレビ朝日『トリハダ(秘)スクープ映像100科ジテン』で日本の衝撃事件 福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ襲撃事件が紹介されました。

この事件は1970年7月に北海道で大学生5人がヒグマに襲われ3人が命を落とした事件。

クマに襲われ亡くなった大学生の一人は、死の直前まで その生々しい体験の一部始終を詳細にメモに書き残していました。


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福岡大学ワンダーフォーゲル同好会
ヒグマ襲撃事件

 

【1970年7月14日】

福岡大学ワンダーフォーゲル同好会の5人は北海道の背骨とも呼ばれる日高山脈を訪れていた。

ワンダーフォーゲルとは、ドイツで誕生した大自然と親しみながら心身を鍛える野外活動。
昭和40年代、大学生の間でブームとなり全国で同好会が発足していたという。

メンバーは、
・リーダー竹末さん(当時20歳)
・サブリーダーのAさん(当時22歳)
・興梠さん(当時19歳)
・Bさん(当時18歳)
・河原さん(当時18歳)

日高山脈は、標高2000m前後の山が連なり夏でも雪が残る険しい場所。

そこは、九州の大学に通う彼らにとって憧れの山だった。

彼ら5人は芽室岳(標高1754m)からペテガリ岳(標高1736m)を尾根伝いに歩く、およそ20日間の夏の長期登山合宿を計画。

14日に派出所で登山計画書、食料表、装備表を提出した彼らは、九州を出発する前に入念な情報収集をしており態勢は万全のはずだった。

 

【入山して12日目の7月25日】

中間地点のカムイエクウチカウシ山頂付近に差し掛かり当初の計画からは遅れていたが、翌日は山頂アタック。

午後4時30分
5人は翌日の登頂に備え標高1979mの山頂から150m下がった九ノ沢カールと呼ばれる窪地にテントを張っていた。

この時、野生のヒグマが彼らのテント近くまでやって来ていた。

5人との距離 約7m これがヒグマと最初の遭遇だった。

ヒグマは北海道にのみ生息、当時ヒグマに関する情報は少なく、九州から来た彼らは最初恐れることなくこのヒグマの様子を見ていたという。

しかし、ヒグマが近づいてきて彼らの登山用リュックを漁りだしたため彼らは、ラジオのボリュームを上げたり、火をおこすなどして威嚇、ヒグマを追い払った。

そして、明日に備え眠ることに…

しかし、これが魔の3日間の始まりだった。
この後、彼らはヒグマの恐ろしさを知ることとなる。
 

北海道に生息するヒグマは国内最大の ほ乳類であり体長は2m以上、体重300kgを超えるものも少なくない。

そんな巨体にもかかわらず、なんと走るスピードは50km以上、鋭い牙と爪で狙った獲物を捕らえるのだ。

さらに嗅覚は犬の約5倍ともいわれ、数キロ先の獲物の臭いを嗅ぎ取ることができるという。
 
 

【25日 午後9時過ぎ】

寝ている5人の前に再びヒグマが現れた。
ヒグマはリュックについた自分の臭いを嗅ぎつけ襲ってきたのだ。

身の危険を感じた彼らは、急いでテントの外に出て、音を立ててヒグマを追い払い、その晩は火を焚き続け5人は交代で見張りを立てた。

結局、熊は現れなかったが恐怖のため全員一睡もできなかったという。
 

【26日 早朝】

ヒグマの3度目の襲撃を受けた5人は、食料や装備を奪われないようテントに避難。

しかし、ヒグマがテントを引っ張り出したため5人はテントを捨て逃げ出し、その後、リーダー竹末さんの指示でAさんと河原さんの2人が救助を要請するため山を下りた。

山を下っていた2人は、その途中で北海道学園大学のパーティに出会うが、彼らもまた同じようにヒグマの襲撃を受け下山する途中だった。

2人は救助隊の要請を彼らに託し食料や地図、ガソリンなどを譲り受けると、残る3人を助けるため今来た道を戻っていった。

一方、残った3人が再びテントに向かうと、そこには もうヒグマの姿はなかった。

そのため、彼らはヒグマが漁っていたリュックを取り返したのだった。

しかし、この行為が後に彼らを恐怖のどん底へと突き落とすことになる。

リュックを取り戻した3人は、いったんテントを離れることにし、その途中で鳥取大学のパーティに出会う。

彼らは鳥取大学のパーティにヒグマがうろついていることを伝え警戒を呼びかけた。

鳥取大学は今いる位置より約2キロ離れた八ノ沢カールでキャンプをすることになっていたのだ。

そして3人は下山した2人を待つため目印であるテントに戻ることにした。

その後、合流した5人は山頂を目の前に登頂を断念。
しかし、夜が迫っていたため下山することなく九ノ沢カールと八ノ沢カールの中間地点にある安全そうな場所に移動しテントを設営した。

夕食をすませ寝る準備をしていると、また ヒグマが彼らの近くまで来ていたのだ。

5人は避難しヒグマの様子を隙間から伺っていたが、犬の5倍近い嗅覚を持っているといわれるヒグマには、正確にこの5人の居場所がわかっていたのだ。

5人はヒグマがいる場所から反対方向に脱出し助けを求めるため八ノ沢カールでキャンプをしている鳥取大学のパーティの元へと向かった。
暗い山道を必死に走ったがヒグマは彼らを追いかけて来たのだった。

そして、5人はバラバラで逃げたが…河原さんがヒグマに襲われてしまう。

実は この時、5人がとった行動には問題があった。

それは、ヒグマに背中を見せて逃げていたこと。
ヒグマは、背を向けて逃げるものを追いかける習性があるのだ。

竹末さんたちは大声で鳥取大学のキャンプに向かって叫んだが この時、興梠さんの姿が見当たらなかった

3人は興梠さんの名前を呼んだが、一度 返事があったものの、興梠さんが二度と彼らの問いかけに応えることはなかった。

河原さんと興梠さん2人の行方が分からなくなってしまい身の危険を感じた3人は、その晩 岩場で過ごすことにした。
 
 

【7月27日 午前8時】

一刻も早く救助の要請をしなければならなかった3人は、八ノ沢カールに向かうのをあきらめ下山ルートをたどり麓を目指すことにした。

しかし、あいにく この日は視界5m先も見えない濃霧だった。

すると、濃い霧で視界が悪い中、突然ヒグマが現れたのだ。

3人はその場で伏せたが、ヒグマは1人走りだした竹末さんを追いかけた。
 
 
【午後6時】

AさんとBさんは、なんとか麓まで逃げ切り その足で派出所に駆け込み無事保護された。

そして、行方不明 3人の捜索が開始された。
警察、山岳連盟など約100人が捜索、ヒグマの襲撃に備え地元の猟友会も参加した。

捜索から2日後、最初に山道で襲われた河原さんと、最後に逃げ後れた竹末さん2人が遺体となって発見された。

その翌日、ヒグマに襲撃された際に一度返事があった後、行方が分からなくなっていた興梠さんの遺体が発見された。

3人とも八ノ沢カールで発見されたが遺体の損傷が激しく麓に下ろすことができず、その場で火葬された。


 


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残された興梠さんのメモ

 

興梠さんの遺体の傍らからはショッキングなメモが発見されていた。

そこには死の直前まで たった一人でヒグマと向き合った興梠さんの様子や心境などが詳細に綴られていた。
 


 

興梠さんのメモによると、5人が夕闇の中でヒグマと遭遇し山道を逃げていくうちに興梠さんは仲間とはぐれてしまったという。

その後、一人で別行動をしていたのだが興梠さんはヒグマに襲われた河原さんの悲鳴を聞いていた。

興梠さんのメモには、こう綴られていた。

 

河原がやられたようである。
俺もやられると思ってハイ松を横にまく

俺の位置からは下の様子は全然わからなかった
クマの音が聞こえただけである

それから俺は鳥取大学のテントをのぞいてみると崖の方へ二、三ヵ所たき火をしていたので
下のテントにかくまってもらおうと崖を下る
5分くらい下って下を見ると
20m先にクマがいた

俺を見つけると駆け上がってきたので
一目散に逃げ少し崖の上に登る

まだ追っかけてくるので
30cmくらいの石を投げる

失敗である

ますます這い上がってくるので
15cmくらいの石を鼻をめがけて投げる

当たった

それからクマは10㎝ほど後さがりする

腰を下ろして俺をにらんでいた

注) ハイ松とは高山に自生する低い松

 

興梠さんは竹末さんが鳥取大学のパーティに助けを求めている声も聞いていた。

しかし、興梠さんの位置からは仲間たちの様子は分からなかったのだ。

ヒグマがいるため動き回るのは危険であり、興梠さんは仲間の元へ戻る事ができなかったのだ。

興梠さんの位置からは鳥取大学のキャンプの明かりが見えており、興梠さんは匿ってもらおうと山を下りた。

しかし、20m先にヒグマがおり興梠さんを見つけると駆け上がってきたので興梠さんは石を投げてヒグマに応戦。

興梠さんは、その隙に逃げ出し絶体絶命のピンチを回避。
なんとか鳥取大学のテントの中に駆け込んだが、テントの中には誰もいなかった。

この時、鳥取大学のパーティは福岡大学のパーティに起きた非常事態を察知し救助隊の要請をするため全員 下山していたのだ。


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誰もいなかった
しまったと思ったが手遅れである

(テントの)中にシュラフがあったので
すぐ1つ取り出し
中に入り込み
大きな息を調整する

なぜかシュラフに入っていると
安心感が出てきて落ち着いた

 
興梠さんの遺体の側で発見されたメモからは、興梠さんが恐怖の一夜を たった1人、戦い抜いたことが見て取れた。
 
 
【7月27日】

7月27日。
4時ごろ目が覚める

外のことが気になるが
恐ろしいので
8時までテントの中にいることにする

テントの中を見合わすと
キャンパンがあったので
中を見ると
ご飯があった
これで少しホッとする

ああ早く九州に帰りたい

 
 
【2時間後】
 

7時。
沢を下ることにする

にぎり飯を作って
テントの中にあったシャツや靴下を借りる

テントを出てみると
5m上にやはりクマがいた。

とても出られないので
このままテントの中にいる

(判別不可能) しかし (判別不可能)
他のメンバーはもう下山したのか、

鳥取大ワンダーフォーゲルは
連絡してくれたのか

いつ助けにくるのか、

全て不安で恐ろしい。
またガス(霧)が濃くなって
不気味である

 
興梠さんのメモは、ここで終わっていた。
 
仲間とはぐれた興梠さんは、テントに一人でいるところをヒグマに襲われたとみられる。
 
 
【29日午後4時半ごろ】

彼らを襲ったヒグマは射殺された。

このヒグマは、体長 約2m

推定 2歳~4歳のメスだった。

5人の大学生を襲い3人の命を奪ったヒグマは射殺後に解剖されたが胃の中には人間を食べた形跡はなかったという。
 
 
3人の遺体が見つかった八ノ沢カールには亡くなった3人を供養する石碑が立っている。
 
 
 
恐ろしく悲しい この事件。

考えなければいけないのが近年クマの目撃情報や被害が増加していること。

もし、クマと遭遇してしまったら一体どんな対応をとればいいのかが気になります。


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クマに遭遇してしまったら…

 

日本には、ツキノワグマ と ヒグマ 2種類のクマがおり、ツキノワグマは本州と四国に広く生息。
ヒグマは北海道にのみ生息している。

近年、増加しているクマの目撃情報や被害。

もし、クマと遭遇してしまったら どんな対応をとればいいのか…

実は、クマと遭遇してしまった時の対策はクマによって異なるといいます。

ツキノワグマは人間の気配がすれば近寄ってこないそうで熊鈴やラジオなどで音を出しながら登山することが有効。

しかし、恐ろしいのはヒグマ。
この事件で人間を襲ったヒグマは肉食性が強いので事前にヒグマの生息する地域をよく調べておく必要があります。

もし、ヒグマに遭遇してしまったら、すぐに下山することが大事。

そして、ヒグマに背を向けて逃げないこと。

また、この事件でヒグマに襲われた5人は最初にヒグマに遭遇した際に漁られた荷物を取り返していましたが、ヒグマは一度所有した物への執着心が非常に強い動物といわれており、ヒグマが触ったものは取り返さず放置する方が安全だそうです。

ヒグマに漁られたリュックなどを囮(おとり)にして逃げた事例もあり、この方法は有効だといいます。


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さいごに

 

それにしても なぜ5人は最初にヒグマに遭遇した時点で下山しなかったのでしょう。

下山しなかった理由は、彼らの合宿にかける熱い思いがあったからでした。

この時、ワンダーフォーゲル同好会は発足8年目。
大学に認められ自分たちの代で「部」に昇格できるよう活動の実績をあげるために日高山脈の合宿をどうしても成功させたかったのだといいます。

ヒグマ襲撃事件の2年後、
ワンダーフォーゲル同好会は「部」に昇格しています。
 

 


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