ディアトロフ峠事件 真相! テレビで紹介された説は?犯人はヘアピン渦!?

      2018/12/07

 

2018年12月6日(木)放送のフジテレビ系『奇跡体験!アンビリバボー』で、20世紀最大の謎といわれたディアトロフ峠事件が紹介されました。

この事件は、1959年 冷戦下のソ連 ウラル山脈で起きた遭難事故。

ウラル工科大学(旧 ウラル科学技術学校)の学生とOB9人が雪山登山中に謎の死を遂げた この事件は、これまで事件に関する書籍が出版されたり、映画化やゲーム化もされ、雪崩説や陰謀説、何者かによる襲撃、UMA(未確認動物)…など、さまざまな説が唱えられてきましたが、事件発生から半世紀以上たった今も真相は闇の中です。
 

今回、『奇跡体験!アンビリバボー』では、ディアトロフ峠事件の真相が紹介されました。

また、これまでディアトロフ峠事件では、どんな説があったのかも、まとめてみました。


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ディアトロフ峠事件

1959年1月23日

旧ソビエト連邦下のウラル山脈北部においてスキーでのトレッキングを計画していたウラル工科大学(旧 ウラル科学技術学校)の学生とOBの計10名(男性8名、女性2名)がエカテリンブルク(ソ連時代はスヴェルドロフスク)を出発。
 
目指すはスヴェルドロフスクから500kmほどきたウラル山脈にあるオトルテン山の山頂で、麓まで列車とバスで乗り継いでいく。

彼らの目的は、単なるレクリエーションではなく、ソビエト共産主義の下、強化されたスポーツマスターと呼ばれるアスリートを育てる資格の取得が目的で、今回のオトルテン山へのアタックは、成功すれば全員がその資格が得ることができる極めて重要なテストだった。


 
【メンバー】
 
イーゴリ・アレクセーエヴィチ・ディアトロフ
※後に、事件が起きた一帯は、リーダーのイーゴリ・ディアトロフの名をとって、ディアトロフ峠と呼ばれている。

ジナイダ・アレクセーエヴナ・コルモゴロワ

リュドミラ・アレクサンドロヴナ・ドゥビニナ

アレクサンドル・セルゲーエヴィチ・コレヴァトフ

ルステム・ウラジーミロヴィチ・スロボディン

ユーリー・アレクセーエヴィチ・クリヴォニシチェンコ

ユーリー・ニコラエヴィチ・ドロシェンコ

ニコライ・ウラジーミロヴィチ・チボ=ブリニョーリ

セミョーン・アレクサンドロヴィチ・ゾロタリョフ

ユーリー・エフィモヴィチ・ユーディン
 

出発から5日後、メンバーの一人 ユーリー・ユーディンが体調不良により途中離脱したため、一行は9人で山頂を目指すこととなった。

 
 

1959年2月1日

山頂に入ってから4日目の2月1日(事件当日)、午後4時半ごろ一行はオトルテン山の山頂を望むホラチャフリ峠に到着。

 
そこは樹木も生息せず、遮るものは何もない雪原だった。

 
近くに山はなく、あるのはなだらかな丘だけ。
彼らは この丘を風よけにテントを張った。
 

しかし、下山予定日を過ぎても彼らは戻って来なかったのだ。
 
 

1959年2月26日

捜索隊によってテントが発見されたが、テントは雪に覆われ、内側から半分に切り裂かれており、中には誰もおらず、荷物はテントに置き去りにされていたという。

 

捜索隊は森のはずれの大きなヒマラヤスギの下で、ユーリー・クリヴォニシェンコと、ユーリー・ニコラエヴィチの遺体を発見。

さらにディアトロフジナイダ・コルモゴロワルステム・スロボディン3人の遺体も発見された。

検死によって5人の死因が低体温症であることが判明された。
 
しかし、その後 谷底で発見された残り4人の遺体のうち1人は低体温症であったが、3人は頭蓋骨陥没や肋骨を砕かれるなど、外から強い力が加えられたかのような状態で、リュドミラ(当時20歳)という女性は最も凄惨な姿で発見されていた。
彼女の遺体の口内を調べたところ、驚くことに舌がなくなっていたのだ。

彼らは何かから逃れるように3方向に散らばり、亡くなっていた。

そして、なぜか ほとんど遺体は皮膚が黒く変色、中には髪が白くなった遺体もあったという。
 
 
登山経験が豊富な彼らだったが、とてもそんな風には思えない不可解な行動が気になる。

何らかの理由でメンバー全員が、マイナス30度という極寒の中、テントを飛び出しているのだ。
しかも、遺体のほとんどが防寒着を着ておらず、全員靴を履いていなかった。
(防寒着やブーツなどの荷物はテントの中で発見されている。)

9人中6人は低体温症からの凍死。
そして、遺体はテントから1キロ半ほども離れた場所で発見されている。
しかも、遺体の着衣は、高い線量の放射能で汚染されていたというから謎すぎる。

一体、彼らに何が起こったのか…

目撃者はおらず、早々に捜査は打ち切られた この事件。
未知の不可抗力が原因で「犯人はいない」とされたものの、事件発生から半世紀以上たった今も原因は謎のまま。
 
しかも、事件の資料は機密文書とされている。
 


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様々な説が浮上

ロシアの歴史上で最も説明のつかない不可思議なディアトロフ峠事件。

事故死なのか、殺人か…

これまで、雪崩や、その地に暮らす民族に襲撃された、放射能廃棄物が原因、イエティのような未確認動物の仕業ではないか?、UFO??…など様々な説が浮上。
 
ディアトロフ峠事件の謎を徹底検証するテレビ番組もありました。
 

ここからは、ディアトロフ峠事件についての様々な説についてまとめてみました。

 


2015年12月に放送された日本テレビ系『世界まる見えテレビ特捜部』でも、この事件について様々な説を紹介していました。

軍の秘密兵器実験説

急病を患い途中で引き返して、唯一 生き残ったメンバー ユーリ・ユーディーン。
彼は、2013年に この世を去っていますが、生前ディアトロフ峠事件について奇妙な証言をしていたといいます。

それは、捜索隊に頼まれ仲間の遺品を確認していた時に発見したという 軍が使うブーツカバーの話。
捜索隊が到着する前に軍が現場にいたということなのでしょうか…

また、何人かの犠牲者の衣服が、高い線量の放射能で汚染されていたという話も気になりますね。

さらに、現場付近ではミサイル実験が行われていたとの情報もあり、9人は軍の機密に触れたために抹殺されたのではないかという驚きの陰謀説も!
 
 

マンシ族による襲撃説

様々な説が浮上する中、有力視されたのがマンシ族による襲撃説。

マンシ族とは大昔からウラル山脈の南に住んでいる狩猟民族。
非常に閉鎖的で縄張り意識が強いといわれ、マンシ族の土地に侵入した一行を襲撃し、殺害したのではないかという説。

以前、マンシ族が村に侵入した地質学者を殺害したという話も紹介され、実際、亡くなった学生たちが残した日記には「地元の部族と激しい争いがあった」との記述があったそうです。

『世界まる見えテレビ特捜部』では、マンシ族が住むウシュマ村で一人の住人から話を聞いていましたが、「学生たちを殺したのはあなた方 マンシ族ですか?」というストレートな質問に、住民は「違う マンシ族が殺したんじゃない」と否定していました。
むしろ、マンシ族は学生たちに「ここから先には決して入るな」と警告したといいます。

マンシ族は、当時も疑われ、部族の大勢が連行され拷問にかけられたといいます。

しかし、現場には学生らの足跡しか残っておらず、至近距離で争った形跡もなかったのです。

結局、秘密警察KGBが厳しく取り調べても、殺害の証拠は発見されず、この説は否定されました。
 
 

UMA(未確認動物)説

マンシ族による襲撃説は否定されましたが、気になるのがマンシ族が学生たちに「ここから先には決して入るな」と警告したという話。
一体、なぜ立ち入ってはいけないのでしょうか。

番組では、その核心を知るというマンシ族の老女に会って、話を聞いていました。

この老女は学生たちを最後に見た人物 アルビナ・アニャモヴァさん。

彼女は、当時5歳だったが事件の日のことを覚えていました。

「私らは あの山に入ってはならないのだ…あの日も音が聞こえた…口笛のような とても耳障りな音」

アルビナ・アニャモヴァさんによれば、それは風の音でもなく、もっと恐ろしい、うなり声のような音…”メンク”の声だと証言したのです。

メンクとは、森で目撃された、とてつもない怪力の巨人。
森で何頭もの鹿が死んでいて、しかも、みんな舌を抜かれていたという情報も!

舌がないといえば、リュドミラさんの遺体も舌が抜かれていましたが、まさか、メンクの仕業なのか。

 

番組では、50年間未確認生物の行方を追っている世界的に有名な研究家 イゴール・バーツセブ博士に話を聞いていました。

イゴール博士によれば、メンクの首は短く、口笛のような奇妙な音を発するといい、この音が聞こえたら危険で警戒したメンクが襲ってくる可能性があるといいます。

好物は生の柔らかい肉で、シカの内臓や舌を食べるそうで、博士によると、メンクはウラル地方の呼び名でロシア全土では、一般的にイエティと呼ぶそうです。

イエティといえば、UMA(未確認動物)の特集で、名前を聞いたことがありますが、日本でいう雪男のようなものだそうです。

 

ロシア各地ではイエティの目撃談が相次ぎ、大きな足跡も発見されているそうで、その足跡から推測すると体長約2.6メートルもあるんだとか!

本当にそんな生物がいるのか…にわかには信じがたい話ですが、番組では、国家公文書館に残され50年以上も機密とされていた捜査資料を紹介。
学生の一人が書き残したというメモには、「雪男は存在する」と書かれてあったそうです。

番組では、学生たちがテリトリーに侵入したことで怒り狂ったイエティがテントを襲い、学生全員がパニックになりテントを脱出。
しかし、次々にイエティにつかまり無残な最期を遂げたのではないかと結論づけていました。
 


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アンビリバボー内容
様々な説について

今回、『奇跡体験!アンビリバボー』では、『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』の著者で、アメリカ在住の映像ジャーナリスト ドニー・アイカー氏が仮説を検証した結果やディアトロフ峠事件の真相が紹介されました。
 

 
ドニー・アイカー氏は、3年に渡り事件を調査、ロシアを何度も訪れ、遺族や関係者、研究者たちを取材してきました。
 
そして、様々な仮説を徹底検証した結果、意外な事実が浮かび上がってきたのです。
 
 

まずは、『奇跡体験!アンビリバボー』で紹介された説を見ていきます。

獣害説とマンシ族襲撃説

 
『奇跡体験!アンビリバボー』では、オオカミやクマによる獣害説や、マンシ族の襲撃説が紹介されていました。
 
ウラル山脈には、凶暴なオオカミや冬眠なかったハイイロクマなどが出没する可能性があり、ディアトロフたちは必死に獣から逃げたがテントに戻れなくなったのではないかという説。
 
そして、マンシ族については、実際、ジーナの日誌に何度もマンシ族のことが記されていました。

 
獣害説とマンシ族襲撃説…
しかし、ドニー・アイカー氏は外部からの襲撃という これら2つの説を否定しています。
 
なぜなら、テントは内側から切り裂かれたと断定されており、外部からの襲撃は困難だから。
しかも、テントの周りには学生たちの足跡しかなく、テント内に荒らされた形跡はなかったのです。
 
また、マンシ族はディアトロフたちに会った際「途中のホラチャフリ峠には気をつけろ」と警告してくれていたのです。
それは、ホラチャフリ峠がマンシ族の間で”死の山”と呼ばれ、恐れられていたから。
 
そして、ディアトロフたちの捜索にもマンシ族は率先して協力してくれたといいます。
 
 

人間関係のもつれ説

 
続いて人間関係のもつれ説。

9人の中にはジーナ・コルモゴロヴァという誰にも優しく美しい学生がいました。

そして、リーダーのディアトロフのほか、2名の学生が このジーナに恋心を抱いていたといいます。
 
人間関係のもつれ説とは、ジーナのことで喧嘩になり、テント内がパニックに陥り、外へ飛び出したのではないかという説。
 
この説を検証するため、ドニー・アイカー氏はユーリー・ユーディン氏に会って話を聞いたといいます。
 
ユーリー・ユーディン氏は、体調不良で引き返したため難を逃れ、唯一 生き残ったメンバー。
 
ユーディン氏は、人間関係のもつれの可能性について次のように答えたといいます。

「ディアトロフの遺品のノートにはジーナの写真が挟み込まれていた。恋愛感情はあったと思うが誰も口には出さない。あの時代のソビエト人はそうだった」

ソ連は共産主義国家。
当時、恋愛を大っぴらに口にするのは、はばかられる雰囲気があったといいます。
また、将来の人生に影響する資格のテスト中に女性をめぐって喧嘩になることは考えにくいのです。
 
 

雪崩説

獣や人間による犯行でないとすると、次に考えられるのは自然の猛威。
 
突然、雪崩が発生し、パニックになったメンバーは着の身着のままテントを切り裂いて外へ飛び出したという説。
 
3人の遺体はひどい骨折を負っており、滑落したという説もありましたが、遺体の奇妙な傷などから雪崩とは考えにくいといいます。
 
また、実際にディアトロフ峠を訪れたドニー・アイカー氏は、雪崩はあり得ないと実感したそうです。
 
通常、雪崩が起きる角度は30度以上とされているが、現場周囲にあるのは、なだらかな丘だけ。
斜面は20度ほどで雪崩が起きるほど急ではなく、これまで あの場所で雪崩が起こった記録はないといいます。
 
 
続いて、今なお最も強く信じられている2つの説について紹介。

旧ソ連の核実験説

 
当時、米ソ冷戦の真っただ中で、兵器開発競争が勃発していた時代。
 
実は旧ソ連時代、ウラル山脈に弾道ミサイルの発射基地があったといいますが、ディアトロフたちがキャンプを張ったのが、まさに そのミサイルが上空を通過する場所だったというのです。
 
あの夜、核ミサイルの実験が行われ誤爆。
強い放射線を浴び失明したことでパニックに陥ったのではないかという説で、放射線を浴び遺体が黒く変色したのではないかと疑う遺族は多くいたといいます。
 
事件発生から数カ月、捜査を担当したレフ・イヴァノフ捜査官は殺人に捜査の重きを置きながらも、他の可能性も捨てず様々な情報を集めていたといいます。
 
その中の一つに遺体が身に着けていた着衣の放射線量の検査があったのですが、モスクワから呼び出しを受け捜査本部に戻ってきたレフ・イヴァノフ捜査官は、原因は未知の不可抗力と結論づけ、以後、一切の捜査を中止したのです。
 
しかし、その数日後、遺体の衣服からは通常の約2倍の放射線が検出されていたことが判明しています。
 
 

UFO説

 
”遺体の衣服から2倍の放射線”ということから囁かれているのがUFO説。
 
当時、9人を捜索していた人々がディアトロフ峠周辺の上空でオレンジ色の”光の球”を目撃していたのです!
 
実は、ディアトロフたちが残したカメラに”光の球”に遭遇した証拠が収められていました。
 
彼らが撮影した写真は全部で86枚。
その最後に撮られた写真には暗闇に映る得体のしれない光の球が写っていたのです。
 
さらに、UFO説を後押しする人たちが重要視しているのが一人だけ舌を消失していた遺体。
 
実は、これと同様の現象が1970代初頭、アメリカを中心に発生していたのです。
 
それは、”キャトルミューティレーション”といわれる現象で、主に家畜が犠牲になり、舌など身体の一部が切り取られるだけでなく血液もすべて失われていたというもの。
 
現在まで、その謎は解明されていませんが、事件現場では怪しい光の目撃証言が多数あるといい、ディアトロフ隊もUFOに遭遇し、キャトルミューティレーションにあったのではないか、UFOによって放射線に汚染されたのではないかという説もあるのです。
 
 

残る謎を検証

仮説の検証をしてきたドニー・アイカー氏は、まだ残る”謎”についても検証していました。
 

謎① 放射線の検出

 
ドニー・アイカー氏は、遺体の衣服から通常の約2倍の放射線が検出されたことについて、シカゴ大学の准教授に意見を求めたそうです。
 
すると、準教授からは意外な回答が!
なんと、「まったく異常な高さではない」と言われたそうです。
 
もし核ミサイルなどによる被ばくなら、汚染の度合いは数十倍に上るはずだと断言され、また その程度なら大気汚染などによって容易に説明がつくとのこと。
 
実は、当時 ディアトロフ隊のテントから1400km北にある島で核実験が実施されており、放射線が隊員たちのいた場所に到達する可能性も十分あったといいます。
 
さらに、皮膚が変色したり髪が白くなったりしていたのは放射線被ばくではなく、直射日光を長時間浴びたのが原因だと専門家は指摘。
 
事実、遺体は死後30日近く日光にさらされていたのです。
 
 

謎② リュダの舌

 
では、リュダの舌は なぜ消失していたのか。
 
ドニー・アイカー氏は、この謎についても検証。
 
リュダが発見されたのは渓谷の底で、解けた雪の中に顔をつけ、数週間横たわっていた状態でした。
 
そして、専門家が出した答えは自然現象。
人体の中でも軟らかい舌は水中の微生物に分解されたと考えるのが妥当だという回答を得たのです。
 
 

謎③ 一切の捜査を中止

 
なぜ、レフ・イヴァノフ捜査官は、一切の捜査を中止したのか…
 
事件から30年後、レフ・イヴァノフ元捜査官は当時の状況について新聞に次のように明かしていました。
 
「ミサイルや核技術に関するデータが漏れるのを恐れて、そのような問題を取りあげることは禁じられていた」
 
冷戦の最中、共産党は核にまつわる情報の国外流出を恐れて捜査を中止させたのだといいます。
 
 

ディアトロフ峠事件の真相


 
不可能を消去していけば最後に残ったものがどれだけ理不尽に見えようとそれが答えだと、様々な説を検証していったドニー・アイカー氏。
 
しかし、不可能を消去していったら後には何も残らなかったといいます。
 
では、ディアトロフ峠事件は解明されないままなのか…
 
ドニー・アイカー氏は、マンシ族が”死の山”と名付けたホラチャフリ峠、この場所こそが答えそのものだったと教えてくれたのです。
 

『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』の著者 ドニー・アイカー氏の仮説

ヘアピン渦説

 
今年8月に発売された『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』。
 
これまで現地に赴き、取材を行い、ディアトロフ峠事件の様々な説について検証してきたドニー・アイカー氏は、長年 気象の研究を続けてきたアメリカ海洋大気庁気象学の専門家 ベダード博士と面会。
 
『奇跡体験!アンビリバボー』では、事件現場の写真を見たベダード博士が、たどり着いたディアトロフ峠事件の真相ヘアピン渦説を紹介していました。
 
ヘアピン渦とは、強い風が半球状の障害物にぶつかる時に発生する特殊な渦のこと。

 
渦自体の形がヘアピンに似ているため こう呼ばれ、チューブのように大気を巻き込んでおり、もともと1950年代に流体力学の分野で観測された現象。

 
その後、1980年代に入りメカニズムの研究が進んだものの、現在でも気象現象としての観測例はわずかだといいます。
 
ディアトロフたちがテントを張った場所は、ヘアピン渦が出来るのにあまりにも理想的な地形だったというベダード博士。

 
ヘアピン渦は周囲の地形に凹凸がなければ ないほどパワーが強力になり、風速は実際の3倍にまで達し、ある程度 風が強まると竜巻に変化。
 
そして、この竜巻が通過する間にテントを張ってしまったディアトロフたち…
 
一見、竜巻の被害を直接受けない分、安全に見えるが そうではなく、ヘアピン渦の影響を受ける危険な場所だといいます。
 
ベダード博士は、その竜巻は恐らく2分~3分に1回、彼らの横をすり抜けていったと思われ、当時の天気図から、その竜巻の風速45m以上にまで達していたと推測。
 
かなりの強風ではあるが、テントが吹き飛ばされていない以上、直接 竜巻が事故の原因になったとは考えにくく、なぜディアトロフたちがテントを飛び出したかが気になるところ…
 

ベダード博士によれば、風速45mの竜巻は、地響きを伴い、まるで頭上を旅客気が離着陸するような恐ろしい轟音を生じさせ、さらに超低周波音を生み出すといいます。
 

この超低周波音は自然界でよく発生する一方、生理的にイライラさせたり、身体に圧迫感を起こしたり、人体に影響を及ぼすことがあると指摘する専門家もいます。
 
ベダード博士もその一人で、博士によれば、超低周波音を感じると、頭痛や気だるさだけでなく、ときに恐怖を覚えることもあるといいます。

 


 

べナード博士の推理

みんなでテントに入っていると、
風音が強くなってくるのに気がつく

そのうち地面の振動が伝わって
テントも大きく揺れ始める。

今度は飛行機のような爆音が
頭上を通り抜け、
より強力な竜巻が近づいてくるにつれ、
その轟音はどんどん恐ろしい音に
変わっていく。

同時に大きな超低周波音が発生し
9人中、何名かがその周波数を感じ取り、
胸腔などが振動し始める。

竜巻が通り過ぎるごとに
何度も何度も繰り返され、
彼らは強い恐怖や呼吸困難を感じ、
パニック状態に!

超低周波音が生むパニックは
轟音に怯えてきた
残りのメンバーにも容易に伝染。

それに耐えきれず、
ディアトロフたちはテントを飛び出して
風下へと逃げていった。
 

 
 
亡くなったメンバー9人のうち、6人が低体温症による凍死でしたが、脱ぎ捨てられた衣服は矛盾脱衣と呼ばれる行動だと考えられました。
 
人は体温が下がりすぎると皮膚の血管が収縮。
体を中から温めようとする働きが生じ、体内の温度と気温の間で温度差が生じると、寒い環境下でも熱いと錯覚に陥ることがあるといいます。
 
そして、竜巻の影響もあったのか不幸にも4人が足を踏み外し谷底に落下。
 
1人は雪がクッションとなり大きな外傷は負わなかったものの低体温症で凍死。
 
残る3人は、落下した際、雪の下にあった岩に激突。
肋骨や頭蓋骨の骨折など、激しい外傷による大量出血が死因になったと考えられました。
 
 
今回『奇跡体験!アンビリバボー』で紹介された
ヘアピン渦

 
ドニー・アイカー氏は、「これが真相だと信じている。少なくとも これが不可能でない唯一の説だから」と語っていました。
 
 

 


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さいごに

今回は、『奇跡体験!アンビリバボー』で紹介されたディアトロフ峠事件の真相と、これまで どんな説があったのかについても調べてみました。
 
『奇跡体験!アンビリバボー』で紹介されたヘアピン渦説。
 
学生たちが、超低周波の影響によりパニックになってテントから脱出したということは、考えられなくもないですが、これですべての謎が完全に解明されたのでしょうか…
 


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