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ビル・クリントン元大統領 スキャンダル! モニカ・ルインスキーとの不適切な関係!!

   

 

2017年4月1日(土)に放送される
フジテレビ
土曜プレミアム
『世界法廷ミステリー 緊急スペシャル
裁かれた大統領』

この番組は、
世界的に有名な事件の裁判に隠された
衝撃な事実などを取り上げていますが、
今回紹介されるのは、
クリントン元大統領の
不倫疑惑を巡る裁判です。

 

今回は、
1998年に発覚した
ビル・クリントン元大統領と
当時、
ホワイトハウス実習生だった
モニカ・ルインスキーとの
”不適切な関係”の内容や、

モニカ事件発覚に至った
セクハラ訴訟について
調べてみました。
 
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プロフィール

 

まずは、
ビル・クリントン
モニカ・ルインスキーについて
簡単に ご紹介。

 


ウィリアム・ジェファーソン・
ビル・クリントン

【生年月日】
1946年8月19日(現在70歳)

【出生地】
アーカンソー州ホープ

出生する約3ヵ月前に実父は事故死。

継父は強度のアルコール中毒という
不幸な生い立ち。

アーカンソー州知事を経て
1992年の大統領選挙で当選、
翌1993年、
第42代アメリカ合衆国大統領に就任。

就任中は、
数々のスキャンダルに見舞われた。

 


モニカ・ルインスキー

【生年月日】
1973年7月23日(現在43歳)

カリフォルニア州サンフランシスコで
医師の家に生まれ、
ビバリーヒルズで過ごしたお嬢様。

オレゴン州ポートランドの大学を出た後、
コネでホワイトハウス実習生に。

ホワイトハウス実習生時代、
ビル・クリントン元大統領との
不倫スキャンダルで、
世界中の注目を浴びた。

 

 

 

事の発端は…セクハラ訴訟

 

1998年に発覚した
ビル・クリントン元大統領と
当時、
ホワイトハウス実習生だった
モニカ・ルインスキーとの
”不適切な関係”。

 

事の発端は1994年5月、
クリントンが大統領になってから起こされた
セクハラ訴訟が始まりでした。

 

このセクハラ訴訟の原告は、
アーカンソー州知事時代に
クリントンの部下だった
ポーラ・コービン・ジョーンズ

 

彼女の申し立てによれば…

1991年5月8日、
知事が主催した ある大会で
受付業務をしていたポーラは、
知事を護衛する州警察官の1人
ダニー・ファーガソンに呼ばれ
クリントンの部屋に
連れて行かれたそうです。

 

クリントンは、
この大会で挨拶をするために
このホテルに来ていましたが、
そこでクリントンは
ポーラに関係を迫ってきたといいます。

 

この時、
ポーラはクリントンの要求を断り
立ち去ったそうですが、
その後、
配置転換させられるなど
職場で不当に扱われたとか…

 

そして、
1994年5月、
ポーラ・ジョーンズは
セクハラ行為によって
精神的に著しく傷ついたことなどを理由に
裁判を起こし、
損害実額の賠償と懲罰的賠償金支払いを
要求したのです。

 

一方、
クリントンは知事を経て
1993年1月、
第42代アメリカ合衆国大統領に就任。

 

大統領就任以前から
多くの女性との交際が
噂されていたクリントン…

知事時代にも
ポーラのように関係を迫られた女性が
何人かいたようです。

 

1991年、
大統領選挙の最中には、
この女性関係について
政敵の攻撃材料にされることが
ありました。

名前が挙がったのは
ジェニファー・フラワーズというクラブ歌手。

彼女は
知事であるクリントンと
12年間、愛人関係にあったそうです。

それまで選挙戦を優勢に戦っていた
クリントンですが、
ジェニファーとの電話の会話の一部が
マスコミに流出したことで
支持率が急落しました。

 

 

さて、
ポーラ・ジョーンズが起こした
セクハラ裁判ですが、
結局、
1998年11月、
控訴裁判決が下される前に
ポーラが要求していた85万ドルを
クリントンが全額支払うという条件で
和解しています。

 

しかし、
このセクハラ裁判から
前代未聞の
大統領スキャンダルへと発展するのです。

 

それが、
モニカ・ルインスキーと
クリントン大統領との”不適切な関係”
 

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セクハラ訴訟で発覚した”不適切な関係”

 

1998年1月に発覚した
ビル・クリントン元大統領と
当時、
ホワイトハウス実習生だった
モニカ・ルインスキーとの
”不適切な関係”

 


クリントンとモニカ
 
 
モニカ・ルインスキーは、
クリントンと
一時不倫関係にありましたが、
クリントンは関係を否定していました。
 

 
 

しかし、
ポーラ・ジョーンズが起こした
セクハラ裁判の証言で
「私と関係があったことは
裁判で言わないでくれ」と
クリントンから念押しされ
困ったモニカは、
同僚のリンダ・トリップに電話で相談。

 

そして、
モニカから話を聞いたリンダは、
裁判で自分までもが偽証することを拒否し、
モニカとの電話内容を録音した
テープを公表したのです。
 


リンダ・トリップ
 
 
リンダ・トリップのテープは
ケネス・スター独立検察官のもとに
届けられました。

それは、
1997年秋から
録音されたものでした。

 

その内容は…
モニカ・ルインスキーが
ホワイトハウスの実習生時代、
クリントン大統領とオーラルセッ〇スを
していたことを告白するものでした。

 

2人は、
大統領執務室に隣接した書斎で
オーラルセッ〇スに及び、
その際、
大統領執務室に常備されていた
クリントン大統領愛用の葉巻を持ち込んで
使用したことや
モニカの衣服を汚したことなどが
マスコミによって暴露されました。

 

当初、
クリントン大統領は、
モニカとの関係を否定していましたが

その後、
モニカが大統領の精液がついた青いドレスの
存在を明らかにしたことで
クリントンは、
血液採取、DNA鑑定を受けることに
なったのです。

 

結果は…

精液が
クリントンとは別人のものである確率は、
7兆8700万人に1人…

 

こうして、

「ルインスキーさんと不適切な関係を持った」と
告白せざるを得ない状況に追い込まれた
クリントンは、
1998年8月19日
関係を認める会見を行いました。

 

ちなみに、
”不適切な関係”は、
この年の流行語となりましたね。

 

 

 

弾劾裁判

 

大統領の品格を問われることとなった
ビル・クリントンと
モニカ・ルインスキーの
不倫スキャンダル。

 

しかし、
もっと問題だったのは、
リンダ・トリップから届けられた
テープにより浮上した
クリントン大統領の偽証疑惑。

 

クリントン大統領と
モニカ・ルインスキーとの関係を知った
ケネス・スター独立検察官は、
モニカがポーラ・ジョーンズの裁判で
証言をした際、
「自分と大統領とは性的関係がない」と偽証
していたことに注目。

 

モニカ・ルインスキーとの関係について、
現職大統領が裁判で偽証していたことや、
自分と関係があったことを黙っているよう
偽証を迫ったことが問題になり、
クリントンは、
第17代アンドリュー・ジョンソン大統領以来の
弾劾裁判にかけられたのです。

 

 

ところで、
クリントン大統領を
罷免しようとしていた
ケネス・スター独立検察官が
証人として予定していた女性がいたのですが、
1997年に不審な死を遂げています。

その女性の名は、
メアリー・マホニー(当時25歳)。

彼女は、
ホワイトハウスの元実習生で
クリントンから受けた
性的嫌がらせを証言する予定でした。

亡くなった当時、
メアリーはスターバックスで副店長として
働いていましたが、
閉店直後、
同僚2人とともに射殺されたのです。

 

現場は人通りが多い場所ですが、
銃声や叫び声を聞いたものはおらず、
店の出入り口の鍵はしまっており
無理やり押し入った形跡はなし。

 

そして、
4000ドル(日本円で約44万円)もの現金が
残されていました。

 

なんとも気になる事件ですが…

 

結局、
大統領罷免は免れたクリントン。
しかし、
彼は大統領としての権威を
大きく失墜させました。
 
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5人の密告者

 

今回、
『世界法廷ミステリー 緊急スペシャル
裁かれた大統領』では、
クリントンとモニカの周囲にいた
人物の中から
5人の密告者の存在を
浮き彫りにしていくようですが、
大統領就任以前から
多くの女性との交際が
噂されていたクリントン…

5人の密告者というのが
誰なのか気になりますね。

クリントンと関係を持った女性
もしくは、
セクハラを受けた女性たち

そして、
モニカ・ルインスキーの同僚で
モニカとの電話内容を録音した
テープを公表した
リンダ・トリップかもしれませんね。

 

関係を持った女性といえば、
知事時代のクリントンと
12年間、愛人関係にあったという
クラブ歌手
ジェニファー・フラワーズ

セクハラを受けた女性といえば、
セクハラ訴訟を起こした
ポーラ・コービン・ジョーンズ

そして、
ポーラの他にも、
セクハラの被害に遭ったとされる女性がいました。

それは、
ホワイトハウスの元ボランティア
キャスリーン・ウィリー

キャスリーンは、
1993年11月、
クリントンに
ホワイトハウスの正規職員に
してくれないかと頼みに行った際、
キスされたり触られたりしたといい、
セクハラ裁判の証人の1人でした。

 

実は、
彼女の夫 エド・ウィリーは、
クリントンの資金調達組織の
メンバーでした。

大統領選挙戦の最中、
エド・ウィリーは、
現金の詰まったブリーフケースを
持ち歩いており、
その現金が不正なお金だった疑いが
持たれていました。

そのエド・ウィリーですが、
1993年にバージニアの森で頭を撃って
死亡しています。

警察は自殺と発表しましたが、
検視報告書に気になる点が…

それは、
左利きだったウィリーが
右手を使い引き金を引いたことに
なっていたのです。

妻のキャスリーンは、
インタビューで
クリントン夫妻が
夫の死に関係していると思うかと
聞かれた際、
「疑いを持っている」と
答えていました。

 

エド・ウィリーや、
スター検察官の証人として、
証言する予定だった
メアリー・マホニーの死といい、
ビル・クリントンには
よからぬ噂がチラホラ…

 

 

 

モニカ・ルインスキーの現在!?

 

さて、
気になるのが
ビル・クリントンとの
不倫スキャンダルで
一躍有名人となった

モニカ・ルインスキーの現在。

 
モニカ・ルインスキーは、
1999年、
大統領との経緯を綴った暴露本
『Monica's Story(モニカの真実)』を出版。

2000年には、
ダイエット商品のCMに出演したり、
オリジナルバッグを扱う
オンラインショップを開設するなど
起業家としての活躍が報じられ、
2006年には、
ロンドンスクール・オブ・エコノミクスの
大学院に進学し翌年に修士号を取得したことが
報じられました。

 

現在は、
ブランドのオーナーとして
グリニッジ・ヴィレッジで
暮らしているそうです。

 

 

一方、
クリントン元大統領も
2004年6月、
モニカ・ルインスキーとの
不倫事件のことなどを綴った
回顧録『マイ・ライフ』を出版していますね。

 

 


 

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