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アンビリバボー ヤーラ殺人事件 衝撃の真実

      2017/10/26

 

2016年10月20日(木)の
フジテレビ
『奇跡体験!アンビリバボー』で
衝撃的な事件が放送されました。

 

この事件は、
2010年11月26日に
ミラノの隣町
ロンバルディア州ベルガモの
ある町で
当時13歳だった
ヤーラ・ガンビラジオという名前の
有名美少女アスリートが
行方不明になり、
その3ヶ月後に
遺体となって発見された事件です。

 


ヤーラ・ガンビラジオさん

 

行方不明になった少女は、
”ピッコラ・ヤーラ”と呼ばれる
新体操界のホープで、
この事件は
センセーショナルに報道されました。

 

ヤーラが行方不明になってから
3ヶ月後、
町はずれの空き地で
ヤーラの遺体が発見され
警察は現場に残された犯人のものと
思われる血痕から
DNA鑑定に乗り出したのです。

 

対象者は
町の住民全員で、
多くの住民が鑑定に協力しました。

 

そして、
警察は、
鑑定に応じた約18000人の中に
犯人と思われるDNAと似た特徴の
DNAを持つ人物を発見したのです。

 

その人物の親族を徹底的に調査し、
このDNAに限りなく近い人物が
捜査線上に浮かびあがりましたが、
なんと、
その人物は
10年以上前に亡くなっていることが
判明したのです。

 

また、この事件では誤認逮捕された人物もいました。

 

そして、
大がかりなDNA鑑定から
ある とんでもない事実が
判明するのです。
 
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新体操界のホープ 美少女ヤーラ 殺害事件

 

2010年11月26日、
ミラノの隣町
ロンバルディア州ベルガモ県の
とある町で
ヤーラ・ガンビラジオ
(Yara Gambirasio)という名の
13歳の少女が姿を消した。

 

この日、
ヤーラは新体操の
レッスンに通っていたが、
夕方、
家からわずか500mしか離れていない
体育館に
ラジオを持っていくと言って
出て行ったきり行方不明が
分からなくなった。

 

心配したヤーラの両親は、
彼女の携帯電話に
電話してみたが、
返事はなく…
その日のうちに失踪届を提出した。

 

新体操界のホープと呼ばれた
美少女ヤーラが行方不明になり
懸命の捜索にもかかわらず
彼女の行方はわからないまま…
この事件は
センセーショナルに報道され、
小さな町の住民は恐怖に怯えていた。

 

ヤーラの捜索には、
『魔法の嗅覚』という肩書をもつ犬
ブラッドハウンドも加わり
大がかりな捜索が始まった。

 

このブラッドハウンドは、
ベルギー原産のセントハウンド犬種で、
肩書のとおり、
とても嗅覚が鋭いため、
警察犬として
世界的に多く採用されている。

 

ヤーラの形跡を辿っていた
ブラッドハウンド犬は、
体育館にヤーラの形跡が出た後、
ヤーラの家には向かわず
反対方向へと進むと、
隣町マペッロとの間にある
工業地帯まで行ったところで
ヤラの形跡が消えていることを
突き止めた。

 

そして、
マペッロの
ショッピングセンター建設現場で
ヤラに関連する形跡を
見出したのだった。

 

このショッピングセンター建設現場では、
化学捜査班を交えて
ヤーラの捜索が続けられ、
消防士は、
生命探知機を使って
この工事現場や
付近の井戸などを捜索した。

 

 

ところで、
この事件では、
ヤーラが行方不明になってから
10日後の12月5日、
1人のモロッコ人男性が
逮捕されているが、
後に釈放されている。

逮捕されたのは、
モロッコ人の青年
モハメッド・フィクリ氏。

彼は、
故郷モロッコに帰省するため
ジェノバ港から
モロッコ行きのフェリーに
乗っていたところ、
イタリアの警察当局に追跡され
船事ジェノバまで連れ戻され
逮捕された。

 

モハメッド・フィクリ氏は、
イタリア ヴェネト州トレヴィーゾの
モンテベッルーナから
イタリア人の親方と共に
マペッロに来て
ヤーラの形跡が見つかった
ショッピングセンター建設現場で
働いていたのだ。

 

事件当日も夕方まで
この建設現場にいたフィリク氏は、
ヤーラ行方不明事件の嫌疑を
かけられ逮捕された。

 

フィクリ氏は、
夜中、
ジェノバから
ベルガモの刑務所に連行され
マイナス6度の中、
全裸にされたという。

 

この時のことを、
フィクリ氏は次のように語っている。

 

「『親方がお前がやったと
言っているから
素直に白状しろ』と
怒鳴られ、
ビンタを喰らって脛を蹴られた』

 

また、
フィクリ氏が連行された日、
ヤーラの家の周りや町中では、
”モロッコ人はベルガモから出ていけ”
などと書かれた横断幕が
掲げられたという。

 

フィクリ氏は、
連行されてから2日後、
誤認逮捕であることがわかり
釈放されたが、
一度ついた汚名が
完全に払拭されるまでには、
2年6ヵ月という長い期間を
要したという。
 
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ヤーラが行方不明になってから3ヵ月後の
2011年2月26日

ヤーラの自宅から
十数キロ離れた
キニョーロという町の
空き地の草むらで遊んでいた若者が
ヤーラと思われる
死体らしきものを発見。

その場所は、
捜査本部を設置した場所から
わずか数百メートルの所に
あったという。

 

死体は、
すでにミイラ化し
原形を留めておらず、
歯の矯正器具と
身に着けていた衣類によって
ヤーラの遺体と確認された。

 

検死を担当した法医学者
クリスティーナ・カッターネ氏は、
頭部3ヵ所に殴打、
全身8ヵ所にナイフによる
切傷があることを確認。

 

犯人はヤーラを暴行しようとして
抵抗されたことから
彼女を刺し、
おそらく
まだ息のあるまま現場に放置したと
みられ、
ヤーラは寒さと苦しみの中
出血多量で死に至ったと推測された。

 

そして、
殺害に使われた凶器は
左官の持つ
鋭利なカッターだったことも判明した。

 

 

空き地でヤーラの遺体が発見され
町の人が悲しみに暮れる中、
新たな事実が…

2011年6月、
ヤーラの身に着けていた
下着とレギンスに
付着していた血痕から
白人男性のDNA(“Ignoto 1”)
が確認されたのだ。

 

そして、
このDNAは犯人のものと見なされたが、
DNAは特定できたものの
誰のものかはわからず、
地元住民全員を対象に
DNA鑑定が行われた。

DNA鑑定では、個人識別や親子などの
血縁鑑定が可能。

ベルガモ島に住む
成人男性一人ひとりに
警察署からお呼びがかかり
唾液によるDNAの採取が始まったが、
こうして集められたDNAの数は
約18000人、
多くの化学捜査班が
動員された。

 

この中に犯人のDNAはあるのか…
前例のない規模の捜査が実施され
住民のDNA一つ一つと比較し
異なるものを削除していくという作業が
粘り強く行われた。

 

もし、
犯人がベルガモ島の住民でなかったら…
もし、
すでに国外に逃亡していたら…
これまでの地道な捜査が
全くの徒労に終わってしまうのか…

 

そんな中、
ある人物が
捜査線上に浮かび上がる。

2011年10月21日
捜査員たちは鑑定に応じた
18000人の中に
問題のDNAと
非常によく似た特徴のDNAを持つ
人物を発見した。

 

その人物は、
ヤーラの遺体が発見された空き地から
ほど近いところにある
ディスコの常連客、
ダミアーノ・グエリノーニという青年で
問題のDNAは、
ダミアーノの血縁に絞られた。

 

その後、
ダミアーノの従兄弟3人が
特に酷似したDNAを
もっていることが確認されたが、
従兄弟3人の父親である
ジュゼッペ・グエリノーニは、
1999年に死亡していたのだ。

 

そこで、
ジュゼッペ・グエリノーニの
運転免許証に貼られている
収入印紙の裏側に付着していた唾液から
DNAを採取して鑑定が行われ、
そのDNAが
確かにジュゼッペ氏のものであることを
確認するために墓まで掘り起こし、
死体からも遺伝子が採取された。

 

その結果、
問題のDNAは
ジュゼッペ・グエリノーニの
息子のものであり
その年齢は、
45歳前後に違いないというところまで
解明されたのだ。

 

ところが、
ジュゼッペ・グエリノーニの
摘出の息子3名のDNAで
問題のDNAと合致するものは
いなかったのだ。

 

ジュゼッペ・グエリノーニが
犯人の父親であることは
間違いないのに…
なぜ一致しないのか…

となると、
あとは、
ジュゼッペ・グエリノーニには、
妻以外の女性との間に
できた子がいるのでは…

 

捜査班は、
ジュゼッペ・グエリノーニが
生前つきあっていた愛人を
洗い出すという
困難な作業に取り掛かったのである。

 

 

ジュゼッペ・グエリノーニが
生前、
ベルガモ県にある
セリオ谷のゴルノという集落で
バスの運転手をしていたことから、
当時の乗客や町の住人に対する
聞き込み捜査が行われた。

 

そして、
2014年6月、
事態は急展開する。

ジュゼッペ・グエリノーニの愛人を
探すため
セリオ谷のクルソーネという村で
地道な聞き込み調査を
行っていたところ、
その村に住む
ジュゼッペ・グエリノーニの
同僚だった人物から
重要な証言が得られたのだ。

 

なんと、
当時、
ジュゼッペが
エステル・アルズッフィという女性を
妊娠させてしまったと
打ち明けたことがあったというのだ…

 

この
エステル・アルズッフィなる
女性(67歳)、
実在しており、
DNAも採取されていたが、
なぜか、
捜査対象とは
みなされていなかった。

 

また、
エステルには、
男女一組の双子がいたが、
彼女は未婚の母ではなく、
ジョバンニ・ボッセッティという
立派な夫がいたのだ。

 

1966年に
エステルは、
ボッセッティと結婚、
1970年に男女一組の双子を
出産しているが、
もし、
この双子が
ボッセッティの子でないことが
わかれば、
エステルが結婚後、
ジュゼッペ・グエリノーニと
関係を持った事も考えられる。

 

そして、
捜査の結果、
なんと、
結婚当時、
エステルと夫は、
ジュゼッペ・グエリノーニと同じ
アパートの棟に
住んでいたことが判明したのだ。

 

そして、
2014年6月16日
エステルの産んだ双子の兄
マッシモ(当時43歳)のDNAを鑑定した結果、
100%一致、
劇的な逮捕となった。
 


 

 

逮捕された
マッシモは、
ヤーラの隣村に住む地元の左官で、
綺麗な一軒家に住み、
高級車も所持、
美人な妻と3人の子供の父でもあり、
一番上の子は、
ヤーラと同年齢だという。

 

マッシモは、
逮捕後、
犯行を否認しているが、
ヤーラの着ていた衣服に付着していた繊維が
マッシモの車のシート素材と
同じだったことも判明。

 

マッシモはイタズラ目的で
ヤーラを誘拐したが
抵抗されたため殺害したのだという。

 

2016年7月1日
マッシモには終身刑が言い渡された。
 
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平和な田舎町で
わずか13歳の少女が殺害された
痛ましいこの事件。

 

警察は、
事件解決に至るまで
約18000人のDNA鑑定を行い、
DNAの解明には、
4年もの年月と
莫大な費用がかけられた。

 

犯人の
マッシモが
起こした罪深き犯罪…

 

なぜ
このような残酷な仕打ちが
できるのだろうか…

 

そして、
罪深いのは、
もう一人…

 

犯人の母親
エステルである。

エステルは、
DNA検査によって
若かりし日の浮気、
そして、
浮気相手の子供まで産んでいたことが
バレてしまったが、
「DNA検査が間違っている」
「双子は夫の子」と
言い張ったという。

 

その往生際の悪さには
ただただ呆れるばかり…

 

40年以上、
その事実を
ダンナに隠し続けた罪は重い…
重すぎる。

 

そして、
長い間、
双子を自分の子だと信じていた夫…

 

思わぬ展開により
妻の裏切りを
知らされることとなった
彼の怒りは
計り知れない…

 

しかし、
さらに衝撃的な事実が判明する。

 

双子の兄妹
マッシモとラウラは
エステルの不倫相手のジュゼッペの子だが、
その弟 ファビオも
夫ジョバンニの子ではなかったのである。

 

 

しかも、
ファビオの父親はジュゼッベでもなく、
また違う別の男性だった。

 

最後に
気になるエステルとジョバンニだが、
なんと、
ジョバンニは
その後1年半も
裏切った妻と共に暮らし(謎すぎる…)
2015年に他界している。
享年73歳。

 
 



 
 

 

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